しなきゃ教
私の口癖は、「○○しなきゃ」
「したい」よりも「しなきゃ」が出てくる。
「したい」よりも「しなきゃ」が先に出てくる癖に気づいた時、なぜか危ないと思った。
心と体の余裕がある時は、「しなきゃ」が重なっても大丈夫だけど、余裕がない時に重なるとしんどくなる。
やらないとダメなものができない自分が嫌になる。
だから、「しなきゃ」を減らして「したい」を増やさないと、と思った。
周りの人からも「しないといけないと思うことは辛いよ」と言われたこともある。
でも、癖を変えることはなかなか難しい。
「したい」と言いたいのに、無意識のうちに「しなきゃ」って言ってしまっている。
「したい」と言わなきゃ。
お気づきだろうか。
わたしはずっと気づいていなかった。
「したい」と思わなきゃ、と思っている時点で「しなきゃ」になっている。
「したい」と思うことはわたしにとって相当難しく、「しなきゃ」が積み重なっている時よりストレスになっていることに気付いた。
ある人から、
「しなきゃ」と思うことが絶対悪いわけではない。「しなきゃ」って思うなら、それでいいから「しなきゃ」をどう楽しむかだよ!
と言われた。
私はハッとした。
なに、その手があったか、と。
「しなきゃ」に追われている私を見て
「しなきゃ」と思うことは辛いこと。そんなに頑張らなくていい。
と声をかけてくれた。
正直、当時は結構辛かったから、このように言ってもらえたことが本当に嬉しくて、自然に溢れてくる涙を堪えるのに必死だった。
だけど、いつのまにかその言葉の意味を取り違えて、自分を苦しめていた。
私は、これから「しなきゃ」を誰よりも楽しめる人になることを決めた。
最近、しなきゃ教の私は、「しなきゃ」がないと、寂しいというか、なにか大事なものを失ったやる気が出ない人間になっていることに気付いた。
人それぞれだとは思うけど、私は、なにもないってつまらないと思う。
たまに、「しなきゃ」を増やしすぎて、しんどくなるからそこはうまくバランスをとって、いかに「しなきゃ」を楽しむかに挑戦していく。