
四神京詞華集/NAMIDA(6)
【慧子】
思えば変わり者の父だった。
既に過去形にしてしまっているのは無意識のうちに諦めがあるからだ。
多分あの人は私を助けてくれない。
そっち方面のドラマチックな期待はしていない。
だからただ今、別方向からのアプローチを模索中である。
なんと言ったか。
そうだ、祓魔師だ。
お祓いで呪いを解いてくれる、
確か『キヨメの穢麻呂(きたなまろ)』という御仁らしい。
おそらくは殿方であろうが、しまった、それ以上の情報がない。
だって仕方ないじゃん。
その時の私は祓魔師なんて如何わしいひと、一生関わることのない類の人間だって思ってたんだから。
そもそも今後の人生設計の中にあんな異界に足を踏み入れるイベントなんか一行も組み込む気はなかったんだから。
あ、こんにちは慧子です。
鬼になっちゃいました。
ところで知ってます?
私達の時代、そっち側からみて別の時別の世界では、まだ『鬼』と書いて『モノ』と呼んでたんです。丑寅のいわゆる牛の角生やして虎のパンツ履いてるあの姿はもう少し後の貴族やらお坊さんやらが自分の立場の都合上邪悪キャラとして設定したもので、この時代はもっとなにか、こう漠然とした、一言でいえば『ヤバイ』みたいな。そんな存在なんですよね。
私が子供の頃に見た鬼も、
「角ヤバっ!」
「牙ヤバっ!」
「目つきヤバっ!」
「ファッション超ヤバっ!」
みたいな、それくらいのニュアンスというか、印象。
だから今の私の姿も皆さん思い思いのヤバイ姿を想像してもらった方がいいって思います。想像力、大事っすよ。
でも思い返すにあれは本当に角だったのかな? って。
ただの瘤じゃなかったのかなって。
そう思う。
何でしっかり見なかったんだろう。
ま、そりゃ見ないわな。
禍人だもん。
呪いを受けて鬼になった人達だもん。
キモイもん。
さて、そんな鬼すら受け入れてくれる場所が都の外れにあります。
異界、白虎街。
元々は先帝の大仏建立事業に参加した私度僧の集まり『娑婆塞』の中で受戒させて貰えなかったチンピラってか素行不良の方々が作った街なんだけど、今ではそこに田畑を投げ出した流浪人やら主から逃げ出した穢人やら生き様そのものがセクシー関係のお姉さんやらが集まって、しかもみんながみんなオール税金免除ってわけで、まあそれはもう見事な百鬼夜行さ。
あ、夜といえば四神京って夜間外出禁止なんです。
これも先帝の時代、疫病が大流行した時夜飲んで騒ぐ奴からまず病魔に取り憑かれるのじゃーっつって禁止令が出たのが今も続いてるってわけ。
そんな夜間外出禁止のおふれを黙殺されてる令外の歓楽街。
代わりにその身に何が起こっても誰も守ってくれない外道の街。
公共サービスどころか律という律、令という令が全く存在しない街。
キヨメの穢麻呂なる祓魔師はそんな、ある人種にとっては天国、ある人種にとっては地獄の街にいるという。
だから私はこうして今寺の縁の下に隠れて自由に動ける夜を待ってるんだ。
鬼から人に戻るために。
え?
それにしちゃ明る過ぎて緊迫感ないって?
人物描写リアルじゃないって?
か弱い貴族の娘のくせに唐突にガッツ出し過ぎって?
はい書き直しって?
あのさ、今夕方だよ。
私が鬼だ鬼だっつって追いかけ回されたの朝だよ。
……泣いたよ。
この縁の下で声を殺して泣いたよ。
何時間もずっと。
意味わかんないっつって。
きっと夢だっつって。
誰か助けてっつって。
見たい? そういう姿。
見てもらい泣きでもしたいですか? 感動っすか? 共感っすか? いいねっすか? セットアップ完了っすか? 第一ターニングポイントっすか? はっきり言ってどうでもよくないっすか私の涙なんて!!!
今だって必死だよ。
貴族の娘だって必死で生きてきたんだよ。
中流には中流の苦しみがある。
それってみんなも絶対分かってるでしょ。
だからこうして、誰よりも頑張って勉強して、誰よりも綺麗にお化粧して、誰よりも素敵に振る舞って。
なのに。
……あれ?
なんで私、そんなことしてたんだっけ?
(つづく)