四神京詞華集/シンプルストーリー(13)
【上京少女】
昔々、まだ役者紛いの真似を渋谷だの下北だのでしてた頃。
あるかなり有名な演目を行う機会に恵まれて、主役を演じた人がその後とてつもなく出世されたり作品を描かれた方も観に来られたりと我ながらおもっくそ自慢できるくらい人生イチ景気のいい時代だったのだが、今思い返すのはそんな素敵な思い出でなく、戯曲に描かれたヒロインの事ばかりである。
この年月を経てもひとことで言い表せない凄まじい物語を浅慮短慮と罵られるのを覚悟でひとことで言うと、東京を夢みて東京で暮らして東京人になって東京で壊れてしまった少女のはなしだ。
私は勿論少女役ではなく少女に翻弄される中年男役だったが、職業性別年齢以外はむしろ少女の方の人生と結構符合した。
今、私は生まれた町からそう遠くない所まで無事戻り平穏に生きている。
ただこうも思う。
私もまた、既に壊れているのではないか。
いやいっそ壊れてしまった方がマシな人生を歩んでいるのではないか。
第二話のゲストたるこの人物にも今、大きな転機が訪れようとしている。
少女と呼ぶには余りにもトウのたちすぎた彼女を四神京の闇が襲っている。
出来れば壊れてしまう結末を迎えぬように描きたいものだが。
さてこればかりは……
× × ×
どういうことなんだろう?
冷静になって思い出してみよう。
とりあえず深呼吸深呼吸。
たしか私、少納言蘇我有鹿様の従者として海を越え天竺に向けて旅立つ予定だったはず。
遣天竺使だっけ?
唐とか砂漠を飛び越えて海経由でひとっ飛び。
みたいな。
よく分かんないけど。
でも確かな事は玉藻様も有鹿様も私の頑張ってる姿を評価してくれて、そりゃあもうそこいらの都の女にはない努力を認めてれて、だから、凄い役目を仰せつかったわけで。
「お前のような女子に出会ったは初めてだ」
うん、分かってる。
そんな台詞何度も何度も色んな男たちから言われたし。
でも有鹿様は別格。
同じ言葉でも説得力が違うよね。
だけど……じゃあなんで今、私こんなところにいるの?
どうしてこの選ばれし私が、ブルブル震えてたりシクシク泣いてたりする、見るからに有象無象の端女たちと一緒に薄暗い牢の中にいるの?
てかここどこ?
え? 洞窟?
連れて来られてどれくらい経ったのかな?
一時間?
二時間?
それはそうと……何でこいつもここにいる?
ナミダ。
ああそっか。
私を迎えに来た輿の前に、この女は飛び出してきたんだっけ?
「お待ちください! 私も一緒に連れて行ってください! 天竺に! 仏の国に!」
そう叫ぶやいなや、輿に乗り込んできて、私にくれたはずの香木を無理矢理むしりとったんだっけ。
それも言うに事書いて、
「私、こんな女よりも頭もいいしもっとお役にたちますから!」
ってか!
すぐさま輿から引きはがされて、お面も割れる程に地面に叩きつけられて、それでも無様にすがりつく浅ましい禍人穢人。
私は田舎者だけど、こんなケダモノにまでは堕ちたくないものだわ。
ところがその獣の叫びが、どういうわけか舎人どもに通じちゃった。
ふん、何が「面白そうな女子だ。こいつも連れて行こう」よ。
ま、せいぜい有鹿様に怒られないことね。
正直もう、この女と同じ輿に乗るのも嫌だったわ。
途中これみよがしに香木の匂いを纏わせる仕草もムカつくし。
その匂いと、輿の揺れにしたたか酔って、ぼーっとなって。
うん、私、ぼーっとなって。
気付いたら薄暗い洞窟の中にいたんだっけ。
牢の中に。
ところで有鹿様の舎人ども。
うやうやしく私を迎えに来た男達が、今は袍も冠も脱ぎ捨てて焚火を囲んで酒を飲み喰らっているのはどういうことよ。
全く、職務怠慢も甚だしい。
毛皮にだんびらとは、羽目を外すにもほどがあるんですケド。
ふ~ん。
だいたい分かったわ。
舎人なんかじゃない。
こいつらが今、都で噂になってる人さらいね。
月のない夜に女をかどわかす盗賊ども。
穢人以外の人売りはご法度にもかかわらず都人(カタギ)の女を売りさばく外道の輩。
でも残念だったわね。
私の後ろには蘇我左大臣の御曹司、有鹿少納言様がついてるんだから。
きっと今頃衛士たちが私を助けに……あれ?
でもそもそも、どうしてこいつら、蘇我家の舎人の恰好をしてたの?
てかそもそも、誰にも話してない私の旅立ちを何で盗賊どもが知ってるの?
てか……え?
(つづく)