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四神京詞華集/NAMIDA(22)
【卑奴呼】
はいどーも卑奴呼ちゃんでーす!
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なんつって!
ダラダラダラダラ続いた第一話もいよいよクライマックスって時にまたまた脱線。
はいはいそんなんいらないからってダメ出しも分かりますけど、別に公募に出す訳でもない、脚本学校の課題でもないこの物語はこの後に及んでも好き勝手に書き殴られていくそうであります。
そんな感じでね。
その時、私は手燭っつーんですか?
偉い坊さんとかが廊下歩く時に前を先導する小坊主が足元照らすために持ってるあのアイテムね。
あれを手に、書庫の中でピッキング作業してたわけです。
で、広澄卿の書いたメモ見ながら指定された本を探してたんですけど。
ほら、私漢字苦手な人じゃないですか。
姫に言わせれば仮名っていう便利なもんが発明されてんだからもっとちゃんと勉強しなさいって話なんですけど、正直なんかもうどれも同じ形に見えるんすよね。
よくあんなん見せて自分の気持ちとか人に伝えられるなーって。
よく見さされて伝わるなーって。
そう思うと字を理解する人って凄いを通り越してちょっとキモイっすわ。
遠い人に伝えるならまだしも目の前にいるんだから口で話せってのに、姫もいつからか自分の気持ちを気取った文字にばかりして、実際心の内を直に話してくれること、少なくなってきたんですよ。
本人に言わせればそれも大人になるってことなんだって。
なんか面倒くさいっすよね、上級国民って。
で、あれだ。
冊にメモされたタイトルと同じ本を探してたんですけど本とか木簡とか合わせて何百冊ってあるんすよ。
もうどれが唐の本やら都の木簡やら貴族の日記やらさっぱり分かんない。
広澄卿と二人きりになるのなんか嫌だから安請け合いしたけど、こりゃ無理だなーって思って、手には火を持ってるから燃え移るのも怖いなーって思って、そもそも姫と三人でここに来りゃよかったじゃんって思って、いいや、もう引きかえそって思ったんです。
むふふふ。
割とデリケートなとこあるっしょ、私。
これが本当の姿なんですよね~。
こんな感じの喋り方とか、オーザッパなとことか、じつは全部姫の影響なんです。
むしろあっちがオリジナルなんです。
だから口悪いのだって私のせいじゃないんですよ。
もともとは姫の口調なの、これ。
姫の喋り方が移ったの、これ。
正しくは『娑婆塞』って人たちの『娑婆ことば』ってやつなんすけど。
そのへんはおいおい姫から聞いてみて下さい。
んで。
私、子供の頃菅原家に売られてきたんですけど、それまでは東国の山の奥でちょっと酷い生活してて、うーんと、説明聞きたいですか?
いいっすよね、そこ、省略で。
文学作品じゃあるまいし。
あまり深く想像しないで下さい。
きっとお互い鬱な気分になっから。
でね。
菅原家に来て、私初めて『自分以外の子供』と遭遇したんです。
もうなんかね、自分のこと棚上げするわけじゃないっすけど、
「ちっちゃー!」
みたいな。
「かわいー!」
みたいな。
「これスキー!」
みたいな。
初めて接した、人間の小型バージョン。
それが姫だったんです。
でもってこの小型人間(♀)がまたぼんやりしてて日がな一日家で本ばかり読んでて、向こうも向こうで私みたいなもんとは全く違う扱いだったけど、それでも一人大人ばかりに囲まれて暮らしてて。
私は私でわらしべみたいに東国から都に売られてきて、白虎街の路地で土器だの傀儡だのと一緒に着飾って並べられてたのを文章博士に買い取られて。
だからきっと、元々は姫の玩具として購入されたんですよね。
でも姫は玩具にはしなかった。
いや、やっぱ玩具だったのかも知れないな。
今はもうわかんないけど。
でも大人みたいにヒドいことは一度だって。
それどころか自分と同じものを食べさせてくれて、自分と同じものを着せてくれて。
大人になってからはさすがに周りの手前、あからさまにそういう贔屓はしなくなったけど、それでも私達は、同じものを見続けていた。
うん、今でもそうだと信じてます。
もっとも姫は虫嫌いで、私は大好き。
私は本嫌いで、姫は大好き。
ってなわけでどう感じるかまでは同じじゃないけど、それでいいって。
ただ、自分と同じものを見てくれる人が近くにもう一人いる。
きっとそれが、そしてここが、仏さんのいう極楽浄土って場所なんだ。
少なくとも私にとっては。
そう思ったんだ。
あの東国での酷い日々だって結局、辛かった一番の理由は一人ぼっちだったから。
私はたった一人だったから。
だから姫が呪われていなくなった時、私もすぐに後を追って死のうと思って右京の川べりをウロウロしてたんです。
ごめんなさい姫、すでにマイストーリーの中で殺してました。
そしたら広澄卿が菅原家の召使いから私までいなくなったと聞いて、家来を使って探し出してくれて、姫はきっと生きてるから一緒に助けようって。
うん……勿論嬉しかったっすよ。
でもなんか、アレなんですよね。
もうハッキリ言っちゃいますけどトラウマなんですよ。
ぶっちゃけ男性恐怖症なんです、私。
広澄卿の目が、てかこの世の男の眼差しが全部同じに見えるってか。
大男も優男も、整った顔も野暮ったい雰囲気も、遊び人も朴念仁も、みんな同じ目してるように見えるってか。
うーん。
分かってるんです、考え過ぎだって。
多分、頭のどこかが壊れてるのは私の方だって。
だからまあ、こういうのもいつか治ればいいかなーって。
姫が広澄卿と幸せになれば、もしかしたら私も羨ましくなって。
そんな風に変わっていけたらいいなって思ったんです。
いや……今だって。
さて、ここから先はちょっと重い話になりますぜ。
覚悟はいいか? 私は出来てる。
庭に戻ってみると手に手に弓刀を携えた紀家の家来が姫に得物をむけてたんです。
そして姫はといえば、なななんと、今まで一度も見たことないほど怖くて、だけどそれ以上に強い目で男達を睨みつけてたんです。
お面も、獏の置物も割れて足元に落ちてました。
でも姫はそんな、自分を守ってくれてた何もかもを一切顧みることなく山のように微動だにしてなかった。
まるで剥き出しの白虎岳のように。
あの泣き虫の姫が剣にも弓にも男にも全く怯まずに立ち向かってる。
いやむしろ押し返してる。
カッコいい。
そう思った。
何が起こってるかさっぱり分かんないけどマジカッケー。
って。
なにせ震えてるのは女子を相手に得物を手にした男達の方だったんだもん。
その男達の影に隠れて広澄卿が、やっぱ青い顔で狼狽えてました。
全員私の大嫌いなあの目を泳がせて、潤ませて。
あーもう!
もっかい言います!
カッコいい!
何だこのシチュエーション!
もうね、この瞬間子供の頃の辛い日々が全部吹き飛んだんです。
予は満足じゃ。
みたいな。
へへ、まあ冗談抜きで。
この光景を見る為に、私、産まれて来たんだって。
そう確信しちゃったんです。
だから嬉しくて、嬉しくて。
思わず姫に駆け寄っちゃいました。
えっと。
そこから先のことは……よく覚えてないっす。
てか、うまく話せないっす。
ちょっと痛いなとか。
ちょっと寒いなとか。
ちょっと苦しいなとか。
でも、信じてもらえないかも知れないけど。
その時も私、確かに幸せだったんです。
姫はいつもの泣き虫に戻ってて。
それでも強くしっかりと私のこと抱きしめてくれてて。
それがすごく気持ちよくて。
あったかくて。
眠くなってきて。
何か話したいなと思ったけど、眠くて眠くて。
なんでだろう。
せっかく夜が明けたってのに。
きっと夜中に起こされちゃったからだ。
だからこれは姫のせいっす。
ちょっとだけ待たせちゃおう。
そうだ、ひと眠りするまでこのまま待っててもらおうって。
……うーん。
以上。
かな。
そんな感じっすね。
すいませんね、いいところで脱線しちゃって。
今いろいろ振り返っておかないと、何だか後悔しちゃいそうで。
そんな気がして。
うん。
よーし喋った喋った。
じゃあ私、ちょっと寝まーす。
ではでは。
(つづく)