燕子花

何回も繰り返した「さよなら」が、自分をこれ程までに傷つけていたことに気づいたのは、もうずいぶん嘘の笑いがうまくなった後だった。

「いってらっしゃい」
そんな風に送り出して。
静かに閉じたドアの内側で情けなく泣いたりした。
「いかないで」なんて言えるわけもなくて。
「一緒にいてほしいなんて」お願いできるわけもなくて。

ただただ頬を流れる涙を感じながら、誰にともなく笑ってみせるのだ。
自分の気持ちは嘘ではなかったんだと。
恋に昇華したこの想いだけはきっと嘘じゃなかったんだと。

私は自分の為に泣いていたんだと静かに自分の頭をなでる。
傍から見ればさぞ滑稽だっただろう。
それでも私は自分をなでた。一生懸命恋をした。叶わないと知っていてもそれでも追いかけ続けた自分を褒めるために。

だから本当は忘れてはならないんだと思った。
でも、今は本当につらいから。文字通り胸が張り裂けてしまいそうに辛いから。痛いから。この感情を洗い流すようにただ、静かに涙だけが流れた。

いつか君の顔は忘れてしまうだろう。
いつか君の声を忘れてしまうだろう。
そう思い込まないときっと立っていられないから。
だから今だけは。

気づけば、太陽が昇っていた。
空が白んで、朝を告げている。
私は目を開けようと瞼に力を込めたが思った以上に開かなかった。
(…昨日あれだけ泣いたから)
目が腫れているんだと思った。
鏡なんてなくてもわかりきっているくらい瞼が重い。眠いというよりはけだるくて、何もしたくない気持ちでいっぱいだった。

仕事に行くために着替えなくてはならないのに。
誤魔化すためのメイクもしないといけないのに。
なんでもなかったみたいに髪もセットしないといけないのに。

そんなことばかりを考えていた。
自分を憐れむ人たちの中で平気な顔で笑わないといけないことがわかっていたから。自分をみじめにしないために一生懸命取り繕うことだけを考えた。

「…ふぅ」
小さくため息をついた。
変な体制で眠ったからか、体中が痛かった。
頭はぼんやりとしているし、視界も悪い。
でもこんなことで仕事を休んで家であれこれ後悔したり変なことを考える方が嫌だった。
だって自分がみじめに見えるから。
私は自分をみじめに思わないためにベッドから降りる。
私は強い。こんな恋ひとつ敗れた程度で心折れるほど、やわじゃない。
そう、思いたかったから。






「人をおもちゃみたいに扱って…いい加減にしなさい」

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