健全なる魂は健全なる肉体に宿る
どうも、普通じゃないりすだよ!(雑)
健全なる魂は健全なる肉体に宿る
この言葉は正しい、と思う。
正しいけれど解釈を間違えると、不健康な体には不健康な魂しか宿らないことになる。
絶対にそんなことはないのよ。
みんな、本来持っている魂は「健全」なのだよ。気付いてないだけ、知らないことにしているだけ。
いやー、私の魂は不健康で不健全なんですよって言う人がいるかもしれないけど、それはプロセスとして、そう感じているだけだよ。
ただし、その健全な魂の存在に気がつくためには、最低限、ある程度の肉体の健康が必要だと言うことなの。
肉体の健全度が数値化できるとしたら、魂への、意識への気付きの進行度とどのように影響するのかは、わたしにはまだわからない。
(私の肉体はたぶんまだ、浄化のプロセスを歩んでいるから、体験したことがない笑)
そこは比例するように、肉体が健全になるほど気付きが進むこともあるだろうし、
一点で交わったら、それぞれは元あった場所に戻るように、別々の値になることもあるんだろう。
これを書いていて感じたことは、「魂」つまり「意識」と、「肉体」はそもそもが別々の次元に存在しているから、お互いに周波数が合っている時でないと干渉し合えないのではないかなということ。
その、周波数を合わせるための修行が、ヨガであり、瞑想であると言うこと。
つまり、一度周波数を合わせて覚醒に至ったとしても、何かの拍子にずれた周波数をそのままにしまうと、気付きが途切れてしまうこともあるのかもしれない。
(気付きに終わりはないと思うから、あえて、気付きの終わりとは書かない)
今のわたし、こんな仮説がふわふわっと、けど確信を持って舞い降りてくる。
そうなんです、私、魂の、意識の覚醒に「気付き」を得たっぽい。。。
というか、得ました!ナチュラルに、カジュアルに、シンプルに。
朝、おはようって起きてくるみたいな感じだよ。
これまで出会ってくれた人、これから出会う人、今回の人生では出会わないけど、私の世界にいる人、みんなが健やかであってほしいと、心から思う。
思うだけでなく、行動していきまっせ。
色鮮やかな世界で、みんなで一緒に生きよう。
次に気付きに気付くのは、これを読んでいる、あなたでありますように。
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