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少女と子豚と裏薗のお話⑧
ところで、どうして子豚は少女を隠しておいたのでしょうか?子豚として生きるよりも少女を育てたほうがいいと、みなさんだって思いませんか?だって、子豚は人間の言葉も話せないのですよ。
少女は心に素直で優しく、誠実で、気持ちの良いほど純粋な、どこにでもいる普通の少女なのです。何故子豚はそんな少女を暗闇に隠して、現実の美しいものを見えないようにしたのでしょうか?
きっと子豚は理解していたのです。子豚の周りにはあまりにも燃えないごみで溢れてしまっていると。子豚の周りには少女が悲しみ、涙を流してしまう、生々しい現実ばかりが溢れてしまっていると。そんな中から子豚は少女を美しいまま守ってあげるために、少女を地下の中に閉じ込め、上からしっかりと蓋を締めてあげたのです。少女が少女でいられつづけるように。
子豚はそのままブヒブヒと言っていればそのまま時間が過ぎ去ってくれていたのですが、子豚は音楽に触れ、絵の具を触ってしまいました。少女は地下室からガンガンと階段を登って、天井をこじ開け、遂に光を捕らえてしまったのです。そして少女は大人であろう人物たちに片っ端から語り始めました。学校の先生にも、美術室の先生にも、保健室の先生にも。今まで無理矢理塞がれていた口が、あまりにも滑らかに動き、叫び始め、子豚は非常に困惑しました。ですが、子豚にはもう少女の勢いは止められなかったのです。
周りの大人達は、すぐに子豚が今まで『お父さん』に値する人物から気持ちの悪いことをされているということが異常であると認識し、子豚をすぐに助け出さなければと行動を始めました。少女がキンキンと叫んだおかげで、周りの大人達はあっさりと動いてくれたのです。今まで子豚が一生懸命自分を傷つけ、自分を絞め殺していたことではなく、少女の甲高い声だけが周りを動かしたのです。
やっぱり子豚は頭が悪かったのですね。
そのまま流れるように子豚は『児童相談所』という場所に行きました。そこは親と子どもに何らかの事情がある人々が、親から子どもを離すためにあるような場所で、子豚は夜遅くに緊急で『児童相談所』に保護されました。
『児童相談所』はとてもいいところでした。
まず、お風呂に入れます。そしてご飯が食べられます。食欲がないなんてふざけてみてもご飯が食べられます。おかわりもできます。施設の職員さんたちは優しい人ばかりです。子豚の傷も丁寧に手当をしてくれます。子豚がわがままを言っても怒りません。怒鳴りません。トイレットペーパーは常にあります。お布団もあります。お布団と枕と、机もあります。それに誰かが子豚の部屋に勢いよく転がり込んできたり、夜眠っていてもぬめりけのある手が伸びてこないし、急に包丁を突きつけられたりもしません。
緊急保護をされた日は夜も遅かったので、子豚は晩御飯を食べていなかったのですが、施設に着くとカレーライスが用意されていました。どうしてこんなに美味しいのでしょう。どうして涙が出るのでしょう。
今まで『お父さん』に値する人物が作る料理よりも、お母さんが作る料理よりも1番1番美味しいカレーライスでした。どうしてでしょうか。
施設で平和を得たと同時に子豚はだんだん苛立ちが大きくなっていきました。だって、子豚は綺麗な少女を守って上げるために、今までずぅーっと生の触感を我慢して、鼓膜も心臓も脳味噌もすべて溶かして、自分を殺して自分を傷つけてまでして、少女のために痛みを我慢していたのに、どうして勝手に出てきた少女がこんなに、いとも簡単に平和を得たのか、と。子豚は少女を守りたかったのに。美しいまま隠しておきたかったのに。そのために子豚は生きながら死んでいたのに。少女がただキーキー叫んだだけで。
子豚の空っぽの心のなかに黒い黒い水溜りが広がって、それが大きな海になって、真っ黒が溢れたとき、子豚は『児童相談所』の中で決めたのです。
少女を殺してやろうと。