治療か完全プライベート世界か、それとも……
ムゲンは超時空聖体会議の後、いろいろ考えこんでいた。
治療を要請してはみたが、どうも分身体たちからの評判が悪いのだ。
なんでなのかと聞くと、
「そりゃあ、旦那、あっしらは戦国バトルゲームが楽しくてしょうがないんですぜ、まあ、ゲームですけどね。
当然、あっしらは戦国バトルなどリアルでは絶対にやりませんよ、それくらの分別はあるんですよ。統合型の旦那もそれくらいわかっているでしょう?
それなのに、超時空聖体様たちはその戦国ゲームをする楽しみの元になっている欲望を根こそぎ消してしまわれるんだから、たまったもんじゃーありませんぜ、あっしらからしたら……テレビゲームだから別に誰かにひどいことをしているわけでもないのに、我々庶民のゲームを楽しむ生きがいとか楽しみとかがどんどん消されていってしまうんですからね」
などと切実な感じで訴えてくるのだ。
そんな訴えを聞いて、さてどうしたものか……とムゲンは思う。
まあ、リアルに苦しめあう戦争ゲームでないのなら、別にいいんじゃないかという気はする。
あれもダメ、これもダメとやるとどんどんと楽しめることが減っていってしまうといのは確かにその通りだなとは思う。
恋愛とかも性欲というものを完全に消されたらきっといろいろ楽しめなくなるんだろうなあ……などとも思う。
うーん……とムゲンは考え込む。
それで悪い欲望?を消す要請をしないとちょっとスカートめくりの悪戯とかのセクハラ行為とかでも自業自得学園に送られてしまうというのはなんだか問題のような気もするのだ。
であればもう危なくって恋愛なんかできなくなるんじゃないかなあ……とかいろいろ考えてしまうのだ。
いっそ自分で理想のパートナーを分身体で作り出して、自分だけで恋愛ごっこでもした方が安心かもしれないなあ……とか思い始める。
実際、ムゲンの分身体には、そうした遊びに喜んで参加してくるようなのがたくさんいるのだ。
とくにスピリチュアルアクターであるスピアたちなどは、そういう遊びが大好きなのだ。
彼らは、超時空城でもよくいろいろな恋愛ごっこをして遊んでいる。
それなのに、そうした恋愛感情とかまで消してしまったらぜったい非難轟轟だろうと想像する。
いや、これはなかなか難しい問題だなあ……とムゲンは頭を抱え始めた。
であればもういっそスタンドアロンのプライベート世界を多種多様な分身体たちで充実させることを目指した方がいいんじゃないかなと思い始める。
それならただ自分の空想能力や分身術を高めればいいだけで、向上心さえあれば、いくらでも自分だけのプライベート世界を充実させてゆけるし、そこにいる体験者は自分だけなのだから他者の体験の自治権を奪うとかの問題も生じない。
他者との交流がないとマンネリ化する危険性は確かにあるよなあ……とも思うが、そこはまあ想像力が豊かになれば解決するんじゃないかなあ……とも思う。
超時空体験図書館、いやそこらの物質世界の図書館であっても、いくらでも空想力を喚起する素材が体験できないくらいたくさんあるのだ。
じゃあ、リアル世界ってひょっとしていらないんじゃないのか?などという思いすら出てくる。
だが、それだとリアル大好き派たちから非難轟轟だろうと思いなおす。
であれば、やっぱり誰もが自由に好きな体験を選べるようにするという最高法規の原点に立ち戻るべきだろう。
ということは、プライベート世界は自力で充実させていきながらも、他の体験者たちとの交流は、完全納得合意を絶対条件として楽しむ形がいいのだろうなと思う。
家庭内暴力とか、村八分とか、非国民迫害行為とか、異端者迫害とか、宗教同士の争いとか、国家同士の争いとか…そういうのは全部、ぜんぜん個々の体験者たちの完全納得合意がないのに、他者にあーしろこーしろ、あーするな、こーするなと強制するから問題になるのだ……
多数派であろうが、力が強かろうが、全知全能だろうが、他者にあれこれ強制することだけは、つまりは体験の自治権を故意にはく奪するような行為だけは絶対禁止しないとならないことなのだ。
だから、体験の強制行為から身を守るための場としても、それぞれの体験者に完全なる快適なプライベート世界があって、いつでもそこに引きこもって平和的に無数の体験を自由に楽しみ自治できる権利は、絶対に必要だなと思う。
その権利や自由が保証提供されていないものだから、かの不自由な世界では、その世界中に悲劇や苦しみが発生し続けているのだとムゲンは思う。
そもそも完全にスタンドアロンで自分の世界に引きこもって他者との交流をしなければ、他者の体験の自治権を奪うようなことは絶対にないのだ。
つまりは自動的に平和的な状態になるから、自分だけのプライベート世界に引きこもっている間は、いちいちその魂が平和的な精神を持っているかどうかとかもそんなに気にしなくてもよくなる。
あくまで他の体験者との関係性を持つ場合だけ、平和的な精神を持っていることが必要になるだけであり、それも互いにボクシングの試合をしてみたいとか完全に納得合意しているような場合であれば、そういう場合はそういうのも絶対ダメだとしなくてもいいんじゃないかとも思う。
それをやると際限もなくあれはよくない、これはよくないと恣意的に楽しめる体験の範囲をどんどんと減らされてしまう可能性がある。
例えばテレビゲームでのお魚釣りゲームとかがあるとしたら、それはリアルのお魚さんの体験の自治権をはく奪する可能性を高める……などという理由で禁止になったりすると、どんどんとあれもこれも禁止になって遊べるゲームがほとんどなくなる可能性がある。
シューティングゲームなど、敵機を次々と破壊するなど体験の自治権保護の大義に反しているからダメ…ということにもなるだろうし、魔物を討伐するようなゲームでも魔物の体験の自治権を奪う可能性が高まる……ということで禁止になる可能性がある。
そんな感じで突き詰めてゆくと、ほとんど遊べるゲームがなくなってしまう。
ムゲンはそこまで考えてみて、気がつく、
「そうか! とにかく実際に他の体験者たちの体験の自治権をリアルに奪うことだけを禁止すればいいだけじゃん」と。
そのモラルさえきちんと守れるように魂を指導してあげれば、いいだけだろうと思い始める。
であれば、ゲームはゲームとして割り切り、リアルはリアルだと認識でき、ちゃんとモラルが守れるかどうかの試験でもして試験合格者はどちらの世界も自由に楽しめるようにすればいいんじゃないかな……などと考えてみる。
とにかく楽しめる体験を減らす方向ではなく増やす方向で前向きに考える必要があるだろうとムゲンは思った。
楽しみがなくなれば、あるいはあってもすぐ飽きてしまうようなレベルであれば、体験者として生きている意味が感じられなくなるだろうと予測できた。
全く何もない時空間で、しかも、さらにあれも空想したらだめ、これも空想したらダメ、とかなるともうそれは体験者たちにとって拷問と変わらない。
そんな状態が続くのなら、生きていてもしょうがない……と思うようになるのは目に見えている。
かといって、依存してしまうような甘い体験を他者から与えてもらえるだけの世界とかでは、いざというときに地獄を見ることになるだろう。素晴らしい体験を味わっていればいるほど、その状態を失った場合の苦しみは大きいからだ。
それも予想できることだ。
だからそれぞれの体験者たちが依存状態にならないように、自分の意志だけで自分自身の望む体験を自由に選び楽しめる状態を目指す必要がある。
不自由な世界群では、そこがぜんぜんうまくいっていないとムゲンは分析する。
「はーい、みんな幸福体験をあげるから、私に従いなさいね~!」 みたいな状態でよしとしていたのではいざ異世界にでも飛ばされたら自力で幸せになれない。
またその与える者がいなくなったり、与える能力を失ったり、与える気がなくなることも高確率である。
であればはじめから自分の意志だけで自分自身のあらゆる体験を自由に選ぶために必要なことを着実にしていったほうがいい。
そこまで考えて、ムゲンは、超時空聖体たちがしてくれる「治療」について改めて考えてみる。
確か、要請してくれれば、「他者の体験の自治権を奪いたくなるような欲望」を消してくれると言っていたことが思い出された。
まあ、要請しないことも選べるということなので、大きな問題はないのかもしれないが、肉食動物さんたちとかは一筋縄ではいかない。
元素から作るお肉のプレゼントなどの手厚いサポートがないとそれだけでは不十分だろう。
そこでムゲンはひらめいた。
そうだ、であれば、欲望を自分の意志で自由にONOFFできるようにしてもらえばいいんじゃないかな……と。
できれば自分の種族そのものも自由に選べるとよいなと思う。
そのためには自分の判断力がしっかりしていなければいけないわけだが、少なくとも自分が制御しようと思えば完全に欲望を消したり発生させたりが自由にできれば、まあ自己責任だけど楽しめる体験領域はうんと広がる。
間違えて痛い目にあったり、自業自得学園送りになったりすることもあるかもしれないが、自分で自分の本能とか欲望とか種族とかをしっかり理解した上で自由に選べるようになれば、自業自得学園に入れられても自分の欲望や本能や種族の選択を反省してすぐに改めることができれば永遠に自業自得学園で苦しみ体験のお勉強をし続けなくてもよくなるのだから、それもいいような気がする。
ムゲンはこの案がいいような気がしてきた。
「いいじゃないか、ちょっとくらいの自業自得学園生活くらい……だって成長してゆく体験者だもの」などの句なども思わす読んでみる。
永遠に自業自得学園で地獄の苦しみを味わうのはごめんだが、一日だけとか、半日だけとか自業自得学園様のところで欲望選択のお勉強をするくらいなら別に何が何でも嫌だということもないんじゃないかな……とか思う。
だが、この場合には、ちゃんと自分の意志だけで自由に自分の欲望とか願望とか本能とかを選べるようにしておいてもらわないといけない。
治療要請する時に、そうした治療内容を申請すべきだったんじゃないかとムゲンはちょっと後悔しはじめた。
そうすれば戦国バトルゲーム好きの分身体たちも、しっかりと節度を持って自分の欲望の選択ができるようになって成長できて、ああした文句も出なくなるんじゃないかな…と思ったのだ。
ゲームの時だけバトル欲望ONにして、リアルではバトル欲望OFFにできれば、何も問題はなくなりそうだ。あとは欲望選択能力とモラルの成長度を高めればいいだけになる。そうすることで楽しめる幅がぐっと広がることになってゆく。
その方がいいよなあ…とムゲンは思った。
しかし、ムゲンは、どうも超時空聖体たちは、このアイデアを喜んで認めてくれなさそうな気がしていた。
彼らはどちらかというと事なかれ主義的なところがあるからだ。
だが、事なかれ主義をつきつめると、そもそも誰も世界に生まれなければどんな事件も発生しないのだから、生まれなきゃいい、すべて消えれば事件は0になるからその方がいい……みたいな結論になってしまう。
自動車事故を無くす方がいいので、自動車を全部消してしまった方がいい……そういう感じの結論になってしまう。
だが、それは何か違う。
大事なのは皆がいろいろな体験を楽しめるという状態を生み出すことであり、ただその場合に体験者同士が互いに苦しめあわないようにする必要があるというだけのことなのだ。
つまり、皆が心から楽しめる状態を実現させることの方が重要なのだ。
互いに苦しめあわないようにするというのは、その前提をうまく実現するための必要条件でしかない。
だから、苦しみ体験が発生する「可能性」があるというだけでなんでもかんでも否定して消すのはちょっと問題ということになる。
事件や事故を0にするために、車を全部消すとか、人間を全部消すとか、世界を丸ごと消すとか、そうした発想はあまりよろしくない。
というかダメだろう。そんな政策を推進してしまえば、ほとんどの体験者が「異議あり!!!」と言い出すのは間違いない。
統合型のムゲンはバカではないので、それくらいの予想はできるのだ。
統合型のムゲンは、いろいろな立場の体験者に分身した体験情報を総合して分析できるからだ。
ふーむとムゲンは悩ましく腕組みをする。
これは、また超時空聖体会議になるかも……と思う。
再審の再審が必要かもしれない。
●全知ちゃんたちの元恐竜疑惑
「なんで裁判長の判決じゃダメなのよ!!!」
全知ちゃんがムゲンの考えていることを知り、文句を言い始めた。
「いや、だから全知ちゃんだって、昔はいろいろアホ系の欲望とか持っていたんだろう?その経験があったからこそ、今の全知ちゃんがあるんじゃないのかい?」
などとムゲンは悪戯で適当なことを言ってみた。
さてどんな返事が返ってくるのだろうか……
「そ、それは、大昔の話じゃない……そんな恐竜時代の話をしても困るわよ」
などと言い始めた。
どうやら大昔には、全知ちゃんは恐竜だったこともあるらしいことがわかった。
ということはきっと超時空聖体たちにも超大昔には似たような時代があったに違いない……などと思う。
そこでムゲンは、さらに突っ込んでみる。
「ふーん、じゃあ、全知ちゃんだって大昔は誰かの体験の自治権を奪ったこともあるんだろう?」
「それは世界にまだちゃんとした秩序がなかった時代のことだもの……」などと言い訳してくる。
「じゃあ、今は自業自得学園もあるんだし、今から自業自得学園に送られてもしょうがないんじゃないか?」
「ちょ!あなた!何言ってるんですか?」
「いや、別に本気でそうなるべきだって言ってるんじゃないんだけどさ、大昔と今とで裁きが違うってのもなんだか不公平なんじゃないかなーと思ってね」
「何が言いたいのよ!」
「つまりさ、俺の分身体のアホな欲望を消すことができるんなら、それぞれの分身体たちが自分の欲望をオンオフできるようにすることもできるんじゃないかなって思ってね。
それならほら、君が大昔に恐竜だったときに、その欲望オンオフスイッチが与えてもらえていなかったということでおとがめなしということになると思うんんだけど、責任っていうのは自分が自由に選ぶことができてはじめて発生するものだろう?本来は」
「………そんなめんどくさいことしなくても問題がある欲望なんだから、消してもらえればそれで充分じゃないの?」
「じゃあ、全知ちゃんの欲望も全部消してしまってもいいのかい?」
「はあ? なんで全部消さなきゃならないのよ! 悪い欲望じゃなければいいじゃないの」
「そうなんだよ、悪い欲望でなければいいと思うだろう?」
「そりゃそうでしょう? 良い欲望まで消されたら世界がおかしくなるんじゃないの?」
「じゃあ、全知ちゃん、良い欲望と悪い欲望とをどうやって判別するんだい?」
「それは、前に裁判長も言っていたでしょう。ほら、他者の体験の自治権を奪いたくなるような欲望だって」
さすが全知ちゃん、記憶力抜群だ。
「そうそう、そうなんだ、でね、問題は体験者たちからそうした欲望を全部消したらいろんなゲームとかドラマとか映画とか楽しめなくなってしまうんじゃないかなあ……」
「うーん、それは今いろんな不自由な世界にあるゲームとか映画とかドラマのことでしょう? 新しくいくらでも健全な新作のを作ればいいんじゃないの?」
「でもだいぶ前だけど全知ちゃんもお化け屋敷とか恐怖映画とか、きゃーきゃーいいながら結構楽しんでいたじゃない」
「あれは純粋な娯楽の遊びでしょう?」
「そうそう娯楽の遊びに限定すれば、別に楽しんでもいいわけだろう?」
「それはまあそうでしょうけど、超時空聖体様たちには受けが悪いと思うわよ。今までさんざん良い意志を育成するために必死でがんばってきたんですからね」
「でも、ほら、それは昔は良い意志と悪い意志が相克した混沌状態だったからで、状況が変われば対応も変わるって言われてたじゃん」
「あ、あたしにそんなことを言われても困るのよね」
「いや、君にどうこうしろとか言ってるわけじゃないんだよ。ただ、本当にあらゆる体験者たちにとって理想的な世界っていうのは、もっと個々の体験者たちが成熟して自分の欲望や願望とかも自分で自由に選べて、それでいて節度をもって無限の体験を楽しみまくれるようなおおらかで自由な状態なんじゃないかな~って思ったんだよ」
「えー、そんなこと言われたら、それもそうなかなあって気がしてきちゃうじゃないの……」
「つまり僕たちの目指すべきあらゆる体験者たちの理想世界の目標地点をそうした感じのイメージにした方がいいんじゃないかなって思ったんだよ」
「え? それで?」
「いや、もしよかったら、今度また超時空聖体会議でこのことを話し合ってもらえたらナーって思ったんだけどダメかな」
「ついこないだ会議したばかりじゃない」
「ダメかなあ……」
「絶対にダメってことはないけど……」
こうしてムゲンはなんとか超時空聖体会議の開催を再度口添えしてもらうことに成功した。