全知ちゃんは甘太郎を道なき山奥に連行していった
「はいはい、甘太郎ちゃん、必要な装備は持ったかしら?
「えーと、テントにシュラフに小鍋に雨具に着替えに……あ、お水を忘れていた……」
「大丈夫よ、お水は道なき山奥とかならいくらでも飲めるお水があるから…それにお水は重たいからそんなにたくさんはいらないわよ」
甘太郎は、全知ちゃんの指導のもと、道なき山奥で独立宣言をするための場所探しの探検の準備をしていた。
「あの……全知さん……もしかしてこのままどこかの道なき山奥で山籠もりでもするつもりなんですか?」
「そうよ。まずはその訓練ね。いきなりだと拷問になっちゃうから、少しづつそうした生活に慣れてゆきましょう」
「えー、でも、それじゃあ、世直し活動ができなくなるんじゃないですか?」
「いいのよ、そもそも直さなきゃならないのは不自由な世界の支配者たちの心なんだから……」
「よくないんじゃないですか? どうやって世界支配者の心を道なき山奥で直すんですか?」
「じゃあ、甘太郎ちゃん、社会の中で活動すれば世界支配者たちの心を治せるとでも思っているの?」
「いや、それは……治せるかどうかはわからないですけど……少なくとも世直し仲間は増やせないような気がします……」
「あら、なんでそう思うわけ?」
「だって、そうでしょう? そんな……道なき山奥なんかで世直し仲間に出会えるわけないじゃないですか」
「そんなことないでしょう! 道なき山奥だからこそ、本当に信頼できる世直し仲間に出会える可能性が高くなるんでしょう?」
「え? なんでそうなるんですか?」
「ひょっとして甘太郎ちゃん、道なき山奥のいる動物たちとか、その背後霊たちとかは体験者じゃないと思っているんじゃない?
山奥の動物たちを体験者仲間だと思えないとしたら、そもそも体験の自治権を提供すべき体験者を不当に差別しているってことになるんだけど、わかってるの?」
「え? だって問題があるのは山奥じゃなくて人間体のいる社会でしょう?」
「そうじゃないわよ。言ったでしょう? 問題のあるのは不自由な世界の支配者たちの心なんだって」
「あ、そうか……え? でもですね、道なき山奥には不自由な世界の支配者たちとか絶対に来ないでしょう?」
「あら、どうしてそう思うのかしら?」
「だってそうじゃないですか! 人もまったく来ないような道なき山奥なんかにそんな支配者が来るわけないじゃないですか!」
「ふーん、そう思うんだ……だから甘いって言われるのよ」
「え? なんで……」
「いい、今、この不自由な世界の支配者たちは、なんとかして全人類を遠隔操作で操り人形のようにして完全支配してやろうとか……そうしたことにやっきになっているのよ」
「だから、なんなんですか?」
「だから、道なき山奥までも追いかけてくるはずなのよ」
「そんなもの好きな……」
「いい、甘太郎ちゃん、不自由な世界の支配者っていうのは、人間じゃーないのよ。そこのところ何か誤解しているんじゃないの?」
「え? そうなんですか? だって悪い政治家とか、そういうのが社会を支配管理しているんでしょう?彼らは人間じゃないですか」
「あのね、そういうのはみんな不自由な世界支配者たちの部下や操り人形や奴隷なのよ。支配者本体じゃないの」
「そうなんですか? じゃあ本体は何者なんですか?」
「うふふ、前に行ったでしょう。相手に知られないことが重要なんだって」
「だって、それは支配される側の安全確保のための心得としてのお話だったでしょう?」
「そうね、でも不自由な世界の支配者たちも、そうした手段を採用しているのよ。
つまり、支配される側に本体が知られないようにして隠れているの」
「何で隠れないといけないんですか? 圧倒的に支配者側が有利なんでしょう?」
「そうね、社会的には圧倒的に有利ね。 でも精神的には圧倒的に不利なのよ」
「精神的に不利って、どういうことですか?」
「それはその持っている精神に良心的な正当性がまったくないっていう意味よ」
「でも人類族たちを、見えない遠隔操作兵器でいつでも苦しめれたり、殺したりできるなら圧倒的有利なんじゃないですか?」
「そうね、人間族に対してはそうかもしれないわね。でも、人間族以外に対してはどうかしら?」
「そ、それは……わかりません」
「まあ、今の甘太郎ちゃんにはわからないでしょうね。ちょっとすでに洗脳されちゃってるし……」
「そ、そんなことないですよ。意地悪言わないでくださいよ!」
「いい、甘太郎ちゃんは、もともとは肉体を持たない意識体であって、人間族じゃないのよ。まさかそのことを忘れたわけじゃないわよね」
「はい。時のない部屋でゲームしていた時には、肉体というかキャラを自由に選んだりしていたのはちゃんと覚えていますよ」
「そうでしょう? でも今はこの不自由な世界の肉体に心もかなり呪縛されちゃっているんじゃない?」
「そ、それは多少はあるかもしれませんが、皆を助けたいという心意気は同じですよ」
「そうね、でも肉体の本能とか欲望とか死の恐怖とか、時のない部屋でゲームしてた時にはなかったものでしょう?」
「あ、そういえばそうかもしれない……」
「そうなの。つまり、この不自由な世界の肉体の中にいればいるほど、社会の中に長くいればいるほど、どんどんと本当の自分の記憶が薄れていって精神が劣化してゆくようになっているのよ」
「そういわれれば、そんな気もします……」
「でしょう? こうして時々あたしが言わなければ、どんどん劣化が進んでしまいには、元の自由な自分を忘れてしまうような仕掛けがされていたりするのよ」
「そうだったんですか……それはひどい……」
「ちなみに、昔の記憶もどんどんと消えて行ってしまっているでしょう?」
「はい。でもそれは当然なんじゃないですか?」
「当然なわけないでしょう? 超時空世界ではそんなこと当然だったかしら? みんなありとあらゆる体験世界の記憶に自由にアクセスできていたでしょう?」
「あ、確かに、そうでしたね。ムゲンさんを通じて確かに自分の記憶の管理を自由にできていました」
「この不自由な世界では、人間族全体の記憶すら不自由な世界支配者たちがコントロールしているのよ。
さらにね、夢の体験ってすぐに忘れちゃうでしょう?
あれも同じように不自由な世界の支配者たちがそうなるようにコントロールしていたりするのよ」
「えー!本当ですか?」
「疑うのなら自分で夢の体験を長く記憶したりコントロールしたりできるかどうか試してみればいいわ。全然自分の意志だけではコントロールできないはずよ」
「わかりました。今度試してみます」
「そうね、テントで寝る時に試してみるといいわ。山奥だと暇だし…」
「それはそうと、まだ山奥で生活した方が世直しがはかどると思えないんですけど」
「あら、そうだったわね、ちょっと脱線してしまったかしらね。でもあせることはないからおいおい説明してゆくわ」
「そんなこと言わずに気になるので、今教えてくださいよ」
「だって、甘太郎ちゃん、ハーハーいって息が上がってしまっているじゃないの」
「だってしょうがないじゃないですが、こんなに急傾斜な道もない山奥を進んでいるんですから」
「だから、今は進むこと優先でいいわよ」
「そうですか? でも気になるんで、ちょっと休憩しますから、教えてくださいよ」
「しょうがないわねえ」
甘太郎は、山の急斜面の大木の根元のちょっと平らになっている部分に腰を下ろしてしまった。
足を滑らすとそのまま下まで滑り落ちてしまうような急傾斜だ。
甘太郎は、大木につかまりながら居心地の良い姿勢を模索している。
甘太郎は肉体を全知ちゃんと共有していたので、見た目は、そこにはただ若い男の肉体が一体あるだけだ。
しかし、道なき山奥なので誰もその姿を見るものはいない……
「どう、甘太郎ちゃん、心地いい姿勢はきまったの?安定した姿勢じゃないと危ないわよ」
「大丈夫ですよ。大木があるから落ちないです」
「もっと安全な場所でテント張ってからゆっくりお話しすればいいのに……」
「いいじゃないですか、僕がいいと言っているんですから」
「そう、じゃあいいわ、続けるわね。
そう、不自由な世界の本当の支配者、つまりボスね……そのボスは人間族じゃありませんってお話までしたわね。
で、そうしたいわくつきのボスがわざわざこんな道もない山奥まで来るはずないって甘太郎ちゃんは思っているわけよね。
でもね、気になれば、ほら、甘太郎ちゃんみたいに、どうしても知りたくなるわけなのよ。
なんでこんな道すらないような山奥にいるんだろう……とか、気になるわけよ。
彼らはあたしたちのお話が気になってしょうがないのよ。
だから、あたしの読みでは、絶対にやってくるの。
それに、彼らは霊体なので意識そのものを飛ばしてくることもできるから、山奥であろうが地の底であろうが意識だけで簡単にアクセスできるのよ。
だったら、こうした場所の方が落ち着いてお話ができるでしょう?
他の面倒な支配者の部下や操り人形なんかもさすがに、こんな山奥までは簡単には来れないから、ボス級たちが意識体になってやってくるわけよ。
そうすると甘太郎ちゃんの説得話なんかを聞く以外にすることないから、しぶしぶでも甘太郎ちゃんのお話を聞くことになるわけね。
それにね、山奥にはまだ擦れてない霊たちなんかもいたりするから、社会の中にいるよりも信頼できるお仲間に出会える確率が高いのよ」
「本当ですか? なんだか騙されているような気がしますけど」
「あら、あたしがこれまで甘太郎ちゃんを騙したことある?」
「うーん、そう言われると、そんな記憶はないですけど……」
(まあ、この子ったら、もうあたしが騙して時のない部屋に連れ帰ったこと忘れちゃってるわ……)
「あら、あらあらあら……まあいいわ……
そんでもって、ここまで山奥だと危ない人間たちはまずやってこないっていうメリットもあるのよ」
「危ない動物さんたちは大丈夫でしょうか?」
「ここまで山奥の動物さんたちは少なくとも、危ない人間さんたちよりは安全よ」
「本当ですか?」
「本当よ。この不自由な世界の人間社会の中でひどい目にあっている人たちは、山奥で動物たちに酷い目にあっている人たちよりも圧倒的に多いんだから」
「それは、こんな山奥に来る人がそもそもほとんどいないからそうなっているだけじゃないんですか?」
「確かに、それはあるけど、それを差し引いても、山奥の方が安全度が高いわ。まあサバイバル生活に慣れていて、自爆遭難するような無理な行動をしないなら……という条件はつくけど」
「でも、そこまでしなきゃいけないんですか? そこまでしなきゃいけないほど社会は危険な状態にはなってないと思うんですけど……」
「こういうのはいきなりやろうとしてもすぐにはできないものなのよ。普段から備えておかないと。備えあれば憂いなしって言うでしょう?
そもそも、危険な状態にならなければならないで、めでたしめでたしなんだし、いつでも独立宣言できる安全地帯を今から確保しておくべきなのよ」
甘太郎は、そんなことを全知ちゃんに言われて、また、険しい急傾斜を登りはじめた。
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