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短編小説第一弾「初満月に起こる繊細な事件簿」に寄せて

夜の闇にとけるひとりだけのパレード by tubu

ひとつひとつはツマラナイことでも重なるとサイアクな一日になる。

会議の資料づくりでエクセルに入力する計算式をまちがえた。退社時間ぎりぎりに上司がやってきてやり直し。入念なチェックで結局帰るのが一時間おそくなった。

帰りに食べていこうと楽しみにしてたラーメン店。きょうはサービスデーで煮卵が無料トッピングできる。

はずだったけど、エクセルのせいで(わたしのせいか)帰るのが遅くなり、緊急事態宣言下の店はすでに『準備中』の札。

駅から徒歩12分、築7年3階建てマンション(エレベータなし)の最上階まで階段をのぼり、玄関で靴をぬぐとストッキングが伝線してた。チッとおもわず舌打ちし、まるめてゴミ箱に捨てた。

マスクをはずし、ルーチンワークの手洗いをしてるとお腹がなった。ラーメンショックで夜ごはん買うことを忘れてた。冷蔵庫をあけると、広い世界にたったふたり生き残ったような豆腐とバナナがすまなそうにこっちをみてる。

ウーバーたのもうかとアタマをかすめたけど、この前たのんだとき、「けっこうのぼりがいあるっすね」と笑顔でいわれて、たのみづらくなった。朝食用のバナナを持ってテレビの前にすわる。

録画したはずの『マツコの知らない世界』はなぜか撮れてない。代わりに坂上忍が大きな顔で映り、うんざりしてテレビを消した。まったくなんていう日なんだろう。マツコさえ味方になってくれない。こんな夜はシャワーあびて早く寝るにかぎる。

玄関チャイムがなった。洗面所で突っ立てると運送屋の声がして思い出した。ネットショップで買ったワンピがとどく日だ。あわてて玄関にいき荷物を受け取る。

はやく中がみたくて、ていねいな包装をらんぼうに破り、オーダーした服を取り出す。サクラ色のワンピース。ネットでみたものとイメージどおりの仄かなピンク。夜の闇にとけてしまいそうなサクラ色。

夜の闇に……届いたばかりのワンピをきて外にでてみる。

すこし肌寒いけど気にならない。死滅した世界で自分だけが生き残った街、という設定のセットみたいに通りにはだれもいない。クルマの走る音も猫の鳴き声もしない。街灯の電球はいっせいに寿命がきたように弱々しい光を放ってる。

暗くて寒くてすこし怖いのにココロはそわそわしてた。

わたしは〈夜の闇通り〉を飛ぶように歩く。歩道橋の真ん中あたりが光に照らされ、そこだけ明るい。舞台の両袖に据えられた大階段をのぼるように歩道橋をあがった。

橋の真ん中まで進んで空を見上げる。絹のようにやさしい月の光がわたしをつつむ。

                 「初満月に起こる繊細な事件簿」より


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