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高原の夏休み

あれは小学校の低学年の頃に体験した話だ。
その頃僕は高原の観光地に住んでいた。両親と兄と4人家族で父親の地元でもあって近くに親戚も何軒かあったし、同年代の友達も多かったので毎日外で遊び歩いていた頃の夏休みに不思議な体験をした。

父親はタクシーの運転手、母親も駅前のお土産店で勤めていたので夏休みは二人とも大忙しで朝起きた時にはすでに両親は仕事に出ていた。
兄は中学の部活でもういない。
起きるとほとんど家の中には僕一人と猫がいるだけだった。
母親が作ってくれた朝食を食べてから夏休み帳を片付ける。
終わったら遊びに出かけるのが定番だ。

今年の夏休みの遊びは、自転車で友達4、5人で少し上に上がったとこにある別荘地を走り回って探検ごっこをするのが定番になっていた。

今日も宿題を終わらせてから自転車で近所の公園に行くと、すでに3人ほど集まっていて芝生の日陰あたりでカードゲームをしていた。
「おっすー」「おせーよぉ」
そんなやり取りをしながら、カードバトルが落ちつたらところで「じゃあ、今日も行きますかー」なんかちょっと高学年っぽいやりとりを真似て自転車に乗り込む。

「今日はどこいく?」
「いつもよりもうちょっと上に、ねーちゃんが言ってたんだけど大きい池がある別荘があるんだって、行ってみようぜ」
なんとなくこの4人で集まる時は、リーダーシップを取るのがこの豊だった。
豊は元気で、元気すぎるのか怪我も絶えないみたいで右腕には大きな擦り傷が目立つ。
「うんうん、行ってみよう」
みんなで一斉にスタートして別荘地の林の中に向かった。

別荘地は林の中にあるから真夏だけど、かなり涼しい。
ここは高原なので林の中は20℃を下回っているかも。
今日はさらに奥に入ったのでTシャツだと少し肌寒いぐらいだ。
「その池のある別荘って、なんか政治家の偉い人の家なんでしょ?」
ちょっと不安そうに康太が息を切らせながら豊に話しかけた。
「そうみたい。誰だか知らないけど、池に綺麗な鯉がたくさんいるんだってよ」
「へぇー、じゃあ今日下見して、大丈夫そうだったら今度釣竿持って釣りにこようよ」
拓也が笑いながら提案してきた。拓也は、釣りが好きでいつも釣りの話をする。

別荘は通りの一番奥あたりにあってかなりの門構えだった。
「俺、あっちに入れるところないか偵察して来ます!」
拓也がニヤニヤしながら右側に自転車を走らせていった。追いかけるように、やっとの事で追いついて息も切れ切れの康太も続いた。
康太は、少しぽっちゃりしているので運動は得意じゃないけど、カードゲームは無茶苦茶強い。この間は、5年生にも勝ったらしい。
「俺たちはこっちに行こうぜ」左側を指して豊が向かったので、後を追いかけることにした。

ただ…ちょっと薄暗い道が続いていた。

豊を追いかけるように進んでいたはずなのに見えなかった。
「あれ?追い越したかなぁ?」
少し進んだ先に薔薇のアーチで綺麗に飾られた大きな庭の別荘があった。
ふと見ると、豊の姿が見えた。
「豊〜、どっちに行くんだよ」

綺麗な庭で、林の中なのにここだけ陽が差し込んでいてた。
映画に出てきそうな綺麗な庭だ。
自転車を端に置いて豊を探すことにした。

しばらく庭の中を探していると車椅子に乗った少女に出会った。
「あ…友達が迷って入っちゃったんだ。」
少女は微笑みながらこちらをみていた。
「お友達は見つかった?」
頭を横に振りながら「ここに入ってきたはずなんだけど…。」
「多分、そんなに広くないからここにいれば大丈夫。それまで、私と遊んでましょう。」
初めて会う女の子、綺麗な黒髪のロングヘアで可愛い。この辺の子じゃないのはすぐにわかったし、右手と両足が無かった。でも、不思議に怖いとは感じなかった。

断って探しに行こうと思ったが…
「うん。」
あれ?返事をしている自分に驚いたけど、少し話てみたかった。
1時間ぐらい経っただろうか、豊はいっこうに来ない。
「ごめん。そろそろ戻らないと心配させちゃう。きっと、探している友達も戻っていると思うし。」

「そう…。残念。でも、よかったら今度は別のお友達と遊びにきてね。私ここで待っているから。」
「うん。いいよ。楽しかったありがとう」

門を出る時、一瞬、視界の端に何かが目に入った気がした。

「いるわけないか。」
そろそろ昼だし、きっとみんな先に帰ったかな。帰ってご飯食べよ。

次の日、豊はいなかったけど拓也と康太がいていつものようにカードゲームをしていた。
「おはよう。」
「遅いぞ。今日はどうする?」
拓也が聞いてくるので、僕が答えた。
「あれ?今日は豊はいないの?」
「知らなーい。でも、どこかでおばあちゃんちに行くって言ってたから、今日じゃないの?」
「そうか。昨日はみんなごめん。」
「そうだよ。あそこで待ってたんだけど、2人帰ってこないから、グルっと回って帰ってきたんだから。」
少し考えて、昨日のことを2人に話をした。
「へぇ、じゃあ今日はそこに遊びに行こうよ。」
みんなで今日は、あの子の別荘に行くことにした。
ふと思い出す。『私ここで待っているから。』

僕は怖くなってしまったのか。
「ごめん、今日はやっぱりやめる。」
嫌な予感がして家に帰ることにした。
「そっか、じゃあ僕たちは行くね。また明日。そうだ、明日はラジオ体操最後の日だからお菓子もらえるって言ってたから忘れないでね。」
康太がそう言って自転車に乗ってあの子の家に向かっていった。
あいつは食べ物には目がない。
きっとあの子の家も、昨日、おいしいお菓子をもらった話を聞いたからかも。

その夜、僕はお兄ちゃんとテレビを見ていた。
母親のスマホのLINEが鳴った。

「ねぇ、智〜?昨日、豊くんと遊んだの?」
「うん。自転車で別荘探検に行ったよ。」
「そうなの。豊くん、昨日から居なくなちゃって探してるって。でも、拓也くんママが昨日、一緒に遊んでたって話してくれたから大丈夫だったんだけど…」
お母さんの顔が曇った。
「拓也くんと康太くんもいなく…」

耳元で

『なんで来なかったの?待ってるって言ったのに』

窓の外に、両手で手を振っている…あの子が微笑んで立っていた。

「来ないから、私が遊びに来ちゃった。」
あの子の右腕には大きな擦り傷があった…。



登場人物

  •  智 主人公 小学校3年生 父、母、兄(中学生)4人家族

  •  豊 小学校3年生 リーダー的存在

  •  拓也 小学校3年生 元気なムードメーカー、釣りが大好き

  •  康太 小学校3年生 ちょっとぽっちゃり体型、食べること・カードゲームが大好き



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