アルファベットの難しさ・支援の手立て Vol.1
学びをサポートするときに大切にしたいのは、その子が感じている困難をより良く理解することです。その子が今どこにいて、何に、どのような難しさを感じているのかが分からなければ、「適切な到達目標を設定する」ことも、「その子にあったやりかたで、スモールステップを踏む」こともできません。
アルファベットはたったの26文字、形もシンプルで簡単そうに思えます。しかし、シンプルだからこそ「難しい」という人もいます。そこでここでは、形が似たアルファベット文字を区別することの難しさを疑似体験していただきたいと思います。
選択的に聞き取り・見取り:カクテル・パーティー効果
まずはこちらをごらんください。この絵の中にはある動物が隠れているのですが、おわかりになりますか? アルファベットと同じように、ある人には簡単でもまたある人(…多分これについては大多数の人)には、何が何だかわからないかと思います。
これは、「ダレンバッハの牛」と言われるだまし絵です。もちろんこの中には、「牛」が隠れているのですが…、「まだ、わからない。どこに牛がいるの?」という方は、画面をスクロールして正解の画像をご覧になってみてください。そこで一度、これが「牛」だとわかると、元の画像を見ても…、いいえ、もしかするともう「牛」にしか見えなくなっているかもしれません。
これは「カクテル・パーティー効果」によるものだと思われます。パーティー会場などたくさんの人が会話をしている中で、誰かが自分の話をしているとわかったとたん、急にその会話がはっきりと聞こえてきたりする。私たちは日頃の生活の中で、自身に関わる情報、必要な情報を選択的に聞き取ったり、見取ったりしています。なぜそのようなことができるのか、よく考えるととても不思議です。
一方で、最初に「牛」の絵を見た時の私たちは、必要な情報とそうでない情報との間に線引きできず、見どころを捉えられずにいました。しかし今、私たちは無意識のうちに、必要な情報とどうでもいい情報とを見分けている。そこでは、ただ目に映っているというだけでなく、かなり高度な情報処理が行われていると考えられます。
正解はこちら
形が似た文字の区別
そこで今度は、こちらをご覧ください。ここには何と書かれていますか? タックス? これが、タックスですね?
では、こちらは?
これもタックスですか? 先ほどは、最初の文字の縦棒の先がまっすぐでしたが、今度は縦棒の先が曲がっていますよ。これは違う文字ではないんですか? どちらも同じ t なんですね?
ということは、t の縦棒の先は、まっすぐでも曲がっていても…、どうでもいいってことですね? では、これは?
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↓
ファックス…ですか? おかしくありませんか? 縦棒の先は、まっすぐでも曲がっていてもどうでもいいはずじゃないんですか?
アルファベットの t は、縦棒の下の部分がまっすぐでも、曲がっていてもいいけれど、上の部分が曲がってしまうと f になってしまう。「なんで? 意味がわかんない」と言った子もいました。
事実、tax と fax や tear と fear などを頻繁に読み間違える子はいます。その子らの混乱の理由は1つではないようにも思えます。しかし、その内の何割かは、今、お話したような理由で混乱しているのかもしれません。
おしゃれな文字はわからない?
学習障害を特集したテレビ番組に出演した男性は、「おしゃれな文字で書いているとわからない」と言っていました。男性は、看板などに使われているおしゃれな文字は、「文字として認識していなくて…」とも言っていましたが、それはこんな感じかもしれません。ここには、tax / fax の中でも使われていた小文字の a、それもちょっとおしゃれな小文字の a を並べてみました。
『自閉症という知性』(NHK出版新書)の中では、明朝体が苦手だという女性が紹介されています。彼女は、いわゆる「非定型インテリジェンス」の持ち主だということですが、細かいところにまで必要以上に目が行ってしまう彼女には、「ハネ、払いがついた明朝体は図形のように見えてしまう」のだそうです。
私の教室にやってきた子の中にも、駐車場の出口などでよく目にする out という語を、「あぁ、そういうことか! あれって絵だと思っていました」と言った子がいました。アルファベットはシンプルであるためか、なおさらそれを文字として認識できなかったり、図形として認識してしまったりする人もいるようです。「木」や「林」「森」など、象形文字である漢字の読みに親しんでいる人には、その傾向がより顕著である可能性も考えられます。
今度は bad:悪い という語を少し「おしゃれ」にしてみました。b と d、a と d などはその区別に混乱する子も少なくありません。「文字を文字と認識できない」「図形のように見えてしまう」という感覚を少しイメージできたでしょうか? では、文字を文字としてではなく、絵や図形として認知してしまうとどのような不都合が生じるでしょうか?
カテゴリー化の困難
ここでは「カテゴリー化の困難」、「同じものと違うものを分けることの難しさ」について考えてみましょう。これは何ですか?
そう、カメです。では、これらはみな、同じカメですか? まあ、同じと言えば同じカメですね。では、これは?
そう、これもカメです。どちらを向いていても、首を引っ込めていようが、出していようがカメはカメ、どれも同じカメ…だという子がいても当然ですね。けれどもし、これが文字だとしたらどうでしょう? 4匹のカメを文字に見立ててみましょう。
p / b / q / d はすべて違う文字、p を上下反転すれば b 、b を左右反転すると d、dが首を引っ込めれば小文字の a になってしまいます。こうしてみると、どれとどれは同じで、どれは違うとカテゴリー化することが、思っているより難しいことが理解いただけると思います。
私がこれまで接してきた中には、p / b / q / d をまったく区別できないという子はいませんでした。しかし、それらの区別で少し戸惑っているという生徒は、クラスに一人や二人ではなかったように思います。「少し」といっても、その日の体調や心の状態によって、苦手が増幅されることもあります。
例えば英語検定の問題を解くにも、「時間制限なし。自分のペースでゆっくりやって」と言うと、合格ラインを余裕でクリアする子が、本番では「あせってしまった」と言い、本来の半分も力を発揮できないということもよくあることです。こういった子どもたちは、書体、さらに文字間や行間によっても、その理解度に差が生じるなどします。
もしもあなたが、初めてアルファベット文字を見たときに、この中の「どれとどれが同じ文字ですか?」と、たずねられたとしましょう。あなたはすべて正解することができそうですか? アルファベットはたったの26文字、たしかに形もシンプルで、日本語も読み書きを身につけた子には特に指導などしなくても、すぐに見つけられそうです。しかし、こうして考えてみると、子ども達がアルファベットを覚えられることの方が不思議にさえ思えてきませんか?(文責:リヴォルヴ学校教育研究所 理事長 小野村 哲)
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