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コロナウイルスに対する反応は「普段の自分の反応の傾向」であるということ

時事


コロナウイルスに対しての人それぞれの反応は、それはそっくりそのまま自分なのだと気づくこと。

何かに怒りが出る人は、普段からその向き(政治、社会、人々など)に対するりがあるのだろう。

社会や人々の反応に疑問を持つ人は、社会と自分を比べていつも疑問を抱えているのだろう。

何も思わない人は、普段から自分の感情や感覚を無視しているのだろう。

何かの行動を起こした人は、普段からそのような向きの行動力があるのだろう。

未来へ向かう「ただのプロセス」だと思う人は、いつもそうやって目の前の事象に右往左往することなく生きているのだろう。

どれが優れているとかダメだとかそういうことではなく、
そうやって人にはきちんと役割があるのでは無いだろうか。

怒る人、疑問を持つ人、何も思わない人、行動する人、無視する人、ただのプロセスだと見る人、という役割。

自分がどんな状態であったとしても、無理に自分以外の何かになろうとする必要などなくて、その時の自分のバイブレーションに合う行動、出来ることを淡々とすることが自然なのでは無いかなと思う。


私は今回のことをとても希望的な意識で観ていますし、どんな感情が揺さぶられるのかを試されている、自覚できるチャンスだなと感じています。


大丈夫、なるようになると思っていますが、その反面、ポジティブぶっていないか、本当は怖いのに無視(受け容れているつもり)してはいないか?も、いつも自分に問いかけています。

そして最後に、
現象がそのまま自分などだとしたら、何を変えたら現象が収まるのか・・・は自ずと分かってきます。


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かとうりさ
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