宗教三世として
宗教的な話 2
小さなころから違和感だらけ、だった。
信心していれば幸せになれる。
信心しなければ不幸になる。
私は信心から幸せを見いだせなかった。
ただそれだけなのかもしれない。
信心しなければ不幸になるといわれ続けたけれど
【信心】をしなくなってからのほうがよっぽど気楽だ。
私には弟が一人いる。
彼も今は【信心】していない。
信心をしないと不幸になると言い続け、今も信心している両親。
本人たちは幸せなのかもしれない。
【信心】に心のよりどころを求め毎朝毎夕仏壇の前に座っているのかもしれない。
【信心】をしなくなった私たち姉弟は不幸なのかといえば
大なり小なり山も谷も味わってきているが
不幸、ではないと思っている。
これも自分がそう思っているだけで周りから見れば
不幸なのか。また信心している人からすれば
信心していればもっと幸せだったのに。と言われるような状態なのかもしれない。