みぞれ・2

前の恋人の最後の言葉が「ななに俺は必要ないでしょ」であったくらいには、わたしはきっと可愛げが無い。甘えるのが下手なのかも知れない。自分では精神的に自立しているのだと思っているけど、何かが起こったときに頼りにされずひとりで解決法を探されてしまえば確かに恋人の立場からしたら必要ない、と思われても何も言えない。恋人同士は、支え合うもの、らしいから。

仕事の上ではこれは割と良い癖だと思っている。問題が起こったときに、他人に望んでばかりで自分では行動しないという状況にはなりにくい。例えば、納期に頼んだ仕事が上がってこない。担当者にがなるだけではなくてなぜ納期に間に合わないのかその原因はなにか考える。こちらに取り除ける原因はあるのか、と。なぜその納期なのか理解していないならそこを添えて伝えよう、だとかなんだとか。
結果こちらに都合の良いように進められるようになる事が多い。あちらサイドは小うるさい奴に当たったと思っていることだろう。でも、業務が滞ることは極力避けたい。ストレスは嫌いだ。

おかげさまで仕事はそこそこ順調で、人間関係も特に問題なし、と思っている。高いとは言えないが労働量に見合ったお給料だろう。前の仕事は固定給ですらなかったのだから本当にありがたいと思っている。なので、仕事は大切にしている。

前の恋人は、前田くん。2つ年上の人で飲み会で出会った。営業職で口の上手い、頭の回転が速い人だった。彼には上手く伝えられなかったしもう信じても貰えないだろうけど、わたしは彼のことが本当に好きだった。仕事モードを解除したわたしは、上手くおしゃべりが出来なくなったりする。そう言うわたしが短所と思っている所を面白がってくれて、それには本当に救われたし、彼が変わらず扱ってくれたおかげで短所だと思わなくていいのだとさえ思えた。初めてのことが怖いわたしには向いていない営業という仕事を楽しそうにしている彼を尊敬していたし、だからこそわたしも頑張って働かなくてはと思った。
わたしはきっと交際中に彼がリストラされたなら、家に越しておいでと言っただろう。だって前田くんはとってもすごい営業なのだ。彼ならすぐに次の仕事が見つかる。
一度だけ、仕事中の前田くんを見たことがある。目がきらきらしていて自信に満ち満ちていて、それでいて押し付けがましくなくて、なんだか別人のようだった。きっと仕事が好きなんだろうなと思ってすごく嬉しくなって、格好良かったよって伝えようと思った。実際に伝えたらなんだか微妙な顔をしていたが、今考えればあれは照れていたのかもしれない。

最初の違和感は、仕事で約束の時間に遅れてしまいそう、と電話をしたときだった。彼が遅れることは何度かあったけどわたしは初めて遅刻をしたらしい、前田くん曰く。少しずつ歯車が合わなくなっていった。

東城さんの下の名前は知らない。名刺を最初にもらったけれど無くしてしまった。多分、彼もわたしのフルネームは知らないと思う。それで良いし今後知る必要もきっと無いだろう。電話番号さえも知らないのだ。こんな関係性、最高じゃないか。
いつ嫌いになってもいい。いつ居なくなってもいい。だけど、傷つけたくはないなぁ、多分。

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