みぞれ・4

寒い日だったから、あれは何度か前の冬だろう。彼女はキャメルのコートと淡いピンクのマフラーをしていた。

「あなたはわたしの事なんて見てないじゃない」

涙ながらにヒステリックな声を浴びせられ、部屋を追い出された。まぁ、その通りだと思った。女は好きだ。ただ、女だから。

それを伝えたとしてもあの女には理解されないだろうし理解して欲しいわけでもないから大人しく退散したが、それも気に障ったのか携帯が鳴り続けている。どうしろってんだよ。

きっと頭の中でこうあるべき、と言うの関係性の理想像があるのだろう。男なら、恋人なら、わたしの事を無条件で愛し行動すべきだ、と。あの女は事細かに世話を焼きたがった。今日はあなたの好きなご飯作ったよ、欲しいって言ってたあれ買ってきたよ、こんなに尽くしているんだから愛してくれるでしょ。
相応のものは与えたつもりだった。誕生日にはブランドバッグ、クリスマスには夜景の見えるレストランでディナー。

そう言うのが欲しかったんじゃないのかな。笑ってくれてたから俺はてっきりそうだと思っていたんだけど。

電車に乗って27分、避難所に向かう。こんなときの為に部屋を借りてある。自室にいると押しかけてくる可能性があるから。居ないなら居ないで別の女の所に居たのだろうとなじられるのは目に見えているけれど、もう関係無い。今日で終わりだ。

音楽を聞こう。古い古いロカビリーを。跳ねるウッドベースを聞くとフレアスカートが揺れる様が目に浮かぶ。

自分の時間を不用意に脅かす様な女は要らないと思って生きているから、あの女とは合わないことは至極当然だと分かっていた。それでも関係を続けていたのはなぜなんだろう。

駅から近いコンビニでビールを買い込んでタバコを咥えながら部屋に向かう。風は無いが、空気が冷えてとがっている。途中に小さな公園がある。昼間は近所の子供で賑わうのだろうが今は静まりかえっている。
公園の入り口とは反対側のベンチに人影が見えた。夜中の公園に居る人間なんて関わるものじゃ無いと、いつもなら素通りするところだがなぜかその時は足がそちらに向いた。
女だったからかも知れない。近づいて分かった。

彼女だ。

匂いのきついタバコを咥えていた。片手にはスーパードライ。名前は何だっただろう、なみ、いや、なつ?ながついた気がする。

「なっちゃん?」

間違っていたって構わない。女と居たい。近づいてくる気配に気付いていなかったのか声を掛けて初めて顔を上げた。やはり彼女だ。酔っているのかぼんやりしている。

「こんな寒いとこで何してるの」

出来るだけ軽い口調で、何かを気取られないように彼女の横に腰をかける。酔っているとしても女の勘は怖い。弱っていると思われたくない。

「んー、飲んでるよ」

彼女は前屈みになって俺の顔を下から覗き込みながら少し笑って言った。少しウェーブのかかった髪が揺れて頬にかかっている。以前会ったときは、会社が関わったアパレル店のレセプションパーティーだった。ディベロッパーの関係者だった彼女も参加していて少し話をしただけだったが、印象が大分違う。きっちり髪をまとめてタイトな黒のワンピース、綺麗な形のパンプスを履いていた。

セックスしたい、と思った。

今はまるで女子大生のようにカジュアルだが、靴だけは今日も綺麗なパンプスだ。靴が好きなのかも知れないとぼんやり思った。
俺のことを認識しているのだろうか。

「わかる?」

自分を指さして問うと、にこにこしたままうなずいてこちらを見る。タバコの煙が流れてくる。多分、ラッキーストライクだ。

「家近いの?うち来る?」

彼女はストレッチのように左右に首を倒す。どっちなんだか。タバコを持っていない方の手を取って立ち上がる。

いい歳をして何をやっているのかと言われたら全くその通りだけれど、この日はすごく寒かったから、とてもひとりではいられなかった。理解して欲しいとは思っていない。

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