みぞれ・10

今日は焼き肉だ。少しおしゃれで綺麗な個室のある店。定番のイタリアンと映画はもう済ませた。
今日で3度目だ。そろそろ手を出しても良いだろう、家から近い店にした。盛り上がらなかったときのために二件目に丁度良いバーも見繕ってある。綺麗に掃除もしてコンドームも買っておいた。準備万端だ。

彼女とは友人の紹介で出会った。笑顔がかわいい、よく気の付く子だ。合コンのような場だったから下品な言葉も飛び交ったが場の空気を壊さず、でも乗りすぎたりもせず、笑顔でかわしているのに惹かれた。営業と言う仕事柄、周りに気の使えない人は苦手だ。

待ち合わせの場所に車で向かう。車内の掃除も万全、煙草も匂わないはずだ。彼女は煙草を吸わない。

着くと彼女はもう待っていた。いつも遅刻せずに待っていてくれる。車内から電話を掛けて手を振るとこちらを見て笑顔になって手を振り返す。かわいい。今日こそは、と強く思う。

「お邪魔しまーす」

少しおどけて、続けて礼を言われた。こう言う、小さな事にきちんとお礼を言える所も、大切だ。

「今日もいっぱい食うぞー」

「牛タン牛タン!」

きちんと乗ってくれる。やっぱり良い子だ。


このときに思ったことは外れていなかったと思いたいが、上手くはいかなかった。原因は俺じゃない。責任逃れに言う訳じゃ無いが、俺は何も悪くない。彼女は何も見せてくれなかった。心の中を。意識的なのかどうか分からないけれど俺の前ではいつも良い子でいた。

酒は飲めないと聞いていたけど仕事仲間とは飲んでいる様だったし、知らない男と知らないマンションに入っていくのを見た。彼女が残業で遅くなると言うから駅でわざわざ待っていたのにだ。そんな事実を突きつけられたら誰だって捨ててやりたくなるだろう。馬鹿にするなよ。片っ端から友人に声をかけ毎日合コン三昧をしたおかげで新しい彼女ができた。ただの事務職のOLだ。料理は下手だけど、頼ってくれる。必要とされている、と感じられる。

不思議なことに最後まで別れたい本当の理由を言えなかった。何故だか攻められなかった。俺は何も悪くないのに。仕事を優先している様子に腹が立っていた所もあったからそれを理由に仕立て上げた。きっと気付いていないだろう。


今日は新しい取引先との打ち合わせだ。ウェブデザインを手掛けるうちの会社にホームページの作成を頼みたい、とのことだ。
駅前のファッションビルに入っているセレクトショップのデザインをした会社だと聞いた。打ち合わせの前に下見をしに行くつもりだ。
このファッションビルで七夏は働いている。彼女の仕事柄フロア内をうろついてはいないだろうが、正直気は進まない。ほんの少しだけ彼女を見られるのではと期待している自分にも腹が立つ。

白を基調とした、大人な店。第一印象はこれだった。置いている商品を目立たせるようになのか内装はあまり主張していないが、洗練されていて客の導線も良いように思う。店舗デザインなどは専門外なので素人目だが、現に今も数組の女性客達が店内を物色している。平日の昼にこれだけ入っていれば良い方なのではないだろうか、隣の店舗ではスタッフの女が暇そうに鏡を見て髪をいじっている。

少し離れたところから様子を見ていると男性が声を掛けてきた。まずい、不審者だと思われただろうか。男ひとりでレディースフロアをうろうろしているのだ、疑われても仕方ない。

「こんにちは。前田さん、ですよね?グランディールの東城です」

「ああ、東城さん!ご無沙汰しております。よくお分かりになりましたね」

年上だが物腰柔らかく、おごった感じがない。前に会ったときは1年ほど前だろうか、会社の創立記念パーティーだった。挨拶をして少し話をしたが、とても印象に残る人だった。背も高く整った顔立ちで、何よりスーツがとても似合っていた。自分の全身3万円でそろえたスーツがとても恥ずかしくなりその後新しく買い直した程だ。しかも独立して自分の力で会社を運営している。創立記念パーティーでも美人な女を連れていた。正直、憧れる。

「わざわざ見に来て下さったんですか?さすがですね」

「いやいや!勉強させて頂こうと思いまして。東城さんも定期的に見に来られているんですか?」

「今日はここのオーナーに呼び出されたんです。友人なんですよ」

店舗を見ると東城さんと同じ年頃の男性が店のスタッフと会話をしている。東城さんよりはずんぐりむっくりな男だ、スタイルが悪いと服が浮いて見える気がする。あんな男でもアパレル店をやれるのか。自分でも出来るのではないだろうか、儲けは良いのだろうか。

「前田さん、もしご都合が良ければこのまま打ち合わせしてしまいましょうか。その方が会社までお越し頂く手間も省けますし」

東城さんが提案してくる。その方がありがたい。今日はこのまま直帰して彼女とデートだ。地下フロアの喫茶店に向かう。

途中、上司らしき女と歩く七夏が居た。タイミングが悪いな。相変わらずヒールを履いている。高いヒールを履くと俺と背が同じくらいになるから嫌だと思っていたのに気付きもしなかった。もう関係無いが少し腹が立つ。

「…あ、あの方、営業課の課長さんですよ。ご存じですか?」

ご紹介しましょうかと東城さんが2人を示して話しかけてきてはっとする。無意識に七夏を見つめていた。

「いやぁ今はちょっと、お連れ様もいらっしゃるみたいですし」

へらへらとしてしまった。格好悪かったかな、東城さんの顔色を伺うと少し間が空いたが、さして気にしていない様子で喫茶店へと歩みを進める。

去り際にちらりと七夏を見る。営業課。七夏とは関係無いんじゃないのか。何で一緒にいるんだ。相変わらず仕事を頑張っているんだな。俺の忠告を無視していると、一生結婚出来ないぞ。

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