プロセカ『荊棘の道は何処へ』を見たトランスジェンダー当事者の感想
こんにちは、切り裂きジャックです。はじめましての方が多いでしょうか。
この記事には当然のことながらプロセカのネタバレが含まれます。
議論することは「荊棘の道は何処へ」の展開がメインだ。しかし特にどのイベントのどこの発言とは(覚えていないので)明言しないものの、主に「シークレットディスタンス」「お悩み聞かせて!わくわくピクニック」「ボクのあしあと、キミのゆくさき」「そしていま、リボンを結んで」「水底に影を探して」「変わらぬあたたかさの隣で」の内容に触れる可能性がある。
それと、ここで書いているのはあくまでも筆者個人の見解です。くれぐれも現実と二次元の区別をつけ、ご留意の上でお読みください。
筆者について:当事者。20代前半、FTM(出生時女性、戸籍変更はまだしていないが男性として生活している)。プロセカ歴はちょっとやって戻ってを繰り返しているので浅い。
Xでは特に年齢を隠していないのだがnoteは誰に見られるかわからないので一応ぼかしました。
早速だが本題に入ろう。初手からネタバレです。
男子生徒Aの発言はアウティングだったのかどうか
ここは難しい問題だと考えている。そもそもアウティングの定義は? と思って改めて調べてみたのだが……。
あの場にいる男子生徒が瑞希の同意を取っていないことは明白であるが、そもそも「暴露」と取るべきかどうかが難しい。
男子生徒Aとしては、絵名は「瑞希と仲が良く、それなりに長い付き合い」であり、「(制服から)神高の生徒である」ことを認識している。実際はインターネット上からの出会いであり、絵名は定時制に通っている故に全日制の瑞希と直接話す機会はほとんどないわけだが、男子生徒からしてみればあの場で詳しい事情を知る由もない。
また、瑞希はトラブルを避ける為に「学校の皆に自分のことを伝えている」らしい。クラスの前でカミングアウトしたのかな? 詳しく覚えていないが、そこから噂が広まり、全校中の知るところになってしまっている。公然の秘密を話すことが暴露と呼べるだろうか?
「まさか知らないとは思わなかった」という主張は十分に自然で、理解出来るものだ。だから私はアウティングではないと思ってしまう。少なくともあれは悪ふざけではあったが、悪意ではなかった。そう私は思っているので、男子生徒Aのことを責められない。
心配なのは絵名のことである。
もうかなり前の話にはなるが、一橋大学アウティング事件を覚えているだろうか。「LGBT」という言葉が世間に広まり始めた頃だったか、あれはした側がされた側から受けた告白を断ってもしつこくされたことにより、誰にも話せないと悩んだ結果言ってしまったというような流れだったと記憶している。もちろん「ばらし方」は最悪で、許されてはならないものだが、された側の死(記事を書くにあたって改めて調べたところ自殺ということにはなっていないらしい?)という結果にならなければ明るみに出ることはなかっただろう。それくらいセクシュアリティは当たり前に軽んじられてきたし、水面下に「からかい」や「好奇心」の皮を被った大きな氷山がある。
当事者は、カミングアウトを基本的にする側だ。だから忘れがちだが、される側にとっても重い行為であると私は思う。仮に言われた結果思い悩むことになったとしても、こうしてアウティングがタブーとされている以上簡単に人に相談出来るものではないからだ。
絵名も、今回のカミングアウト……にはならなかったが事故を受けて、自分のことを責めてしまわないだろうか。いや、「私はなんで」という発言からして責めているだろう。瑞希が現実世界に出てこなくなったという実害も起きている。
誰も悪くない。助けを呼びに来た女子生徒も、屋上でたまたま話をしていた男子生徒も、それを聞いてしまった絵名も、耐えられなくなった瑞希も。だからこそ、この事態を重く受け止めた絵名の心までが壊れてしまわないかが心配である。
今書きながら思ったけど彰人になら話せるのかな……? 相談するなら彰人になるのかな。頼む。どうにかなってくれ。
もっとカミングアウトの重さが軽減されるような社会になればいいのだが……。当事者側からしても、受け止める側からしても。うーーん。
瑞希の性自認について
これに関してはわからない。カワイイものが好きで、身に付けたいからイコール性自認が女性ではない、ということは当事者として尚更気を付けて区別をつけているつもりだ。
一人称は「ボク」と、二次元のキャラクターであることを鑑みても一般的には男性的なものである。『アイディスマイル』のMVで、落ちサビで青とピンクの光が交互に出るのも性のボーダーが曖昧であることを示しているという考察を見たことがある。が、「性表現」は女性だと考えても、性自認についての言及は未だかつてない。
一つ言えるとすれば、今回の回想にあった「若い時ってそう思い込む時期があるらしいね」とは親や先生などの上の立場の人間の発言のように思える。と、いうことは、瑞希は自分のことを何らかの形で大人に相談していると思われる。
ニーゴの皆に自分の身体的性別を隠していることが何故言えないのか。「ボクはボク」だと言ってはいても、他人からの目は怖い。配慮されるのは、当事者にとって苦痛であることがままあり、瑞希もそれが嫌なのだと述べていたが……私はもうひとつ邪推をした。すなわち瑞希は女性として見られる居場所が欲しかったのではないか……と。
神高の面々には自身の性別のことは周知の事実だ。だから瑞希にとってニーゴは、「初めから女性として認識してもらえる」唯一の場なのだ。
(今もガイドラインの中で生きているかは知らないけど、古来からトランスジェンダーの移行過程として重要とされてきた「RLE(Real Life Experience)」として完璧ですね。配慮なしに完全な女性として過ごす空間。出生時の性別を知っている既存のコミュニティで実現することは不可能なので。これがないまま性別を変えてしまうと後から違和感を抱いて悔やむことになる。だからその点瑞希が戸籍を変更するとなってもガイドライン上何の支障もなさそう)閑話休題。
家族も神高の面々も、「瑞希は瑞希」として受け入れてはくれている。でも、彼ら彼女らにとって瑞希は「女性」ではないのだ。今は曖昧だが、今後仮に性別を変更することがあったとしても、元々男性であったという事実は付き纏ってくる(それはそれとして、家族や類は本当に優しいのが瑞希にとって救いであり自分らしくいる上での支えですよね。姉の優希も、類も、最大限の寄り添い方をしてくれている。特に類は今回の振る舞いで思ったけど精神年齢80歳くらいじゃない? それか人生二周目?)
一度言ってしまったことを口の中に戻すことは出来ない。私もトランスジェンダー当事者として、オープンにせずクローゼットという生き方を選ぶのは、カミングアウトした時点で「この人は女(瑞希の場合は男)」なんだ」という目が付きまとうからだ。悪意がなくとも、無意識でも。例えば瑞希だったら、「カワイイけど骨格が太いな」とか、「よくよく聞いたら声が低いな」とか、「やっぱり体力があるな」とか、そんなところだろうか? それが、耐え難い。普段最大限の優しさを、配慮という贅沢を与えられていても、ニュートラルな状態を求めてしまう。相手の思考に影が差してほしくない。……よくわかる。とても。
瑞希が「女性として見てくれる環境だから変えたくない」と思っているなら、ほんとうに、隠し続けるしかなかった。それがアイデンティティを保つ為に唯一あった完璧な解決策だろう。話さなければこのままでいられるかな……と本人が言っていた通りではあるのだが。
私は似た立場の当事者ではあるが、「瑞希は瑞希」という認識が耐え難い瑞希に対して完全なる共感は出来ない。……と思っていたのだが、よくよく考えると瑞希は高校2年生である。私は紆余曲折あってもう「ジャックはジャック」という認識でいいや、となったのだが、振り返ると高校時代は小さなことでかなり苦しんだ。例えば? 「素敵」という単語は女性的だから使いたくないと思ったり。今思うと失笑ものだが。
高校生どころか中学生の時点で、「ボクがカワイイもの好きだからそれでいい」という自意識を保てていた瑞希は本当にすごい。君も人生二周目?
私は高校の途中で髪を切ったり服装が変わったり、大学では名前や声が変わったりするようなもろ移行期を経てきた。多様性に対してとても優しい世界で生きてきたと思う。だから、そもそも瑞希が向けられているような奇異の目は存在するのだろうか? と多少の誇張を感じていた、のだが。
……思い出したのは高校の時のことだ。同じ学年に私と同時期に髪を伸ばし始めた男子がいた。卒業式の日、同級生のお母さんに「◯◯くんは髪が綺麗だし、ジャックちゃんはかっこいいし、あの子たちは性別どっちなんだろうね〜って話になったよ〜」と言われた。悪意はないと知っていてもかなりショックだったのでよく覚えている。やっぱり僕が認識していないだけで噂になっていることはあるのかもしれない。高校と違って大学は広いから、校内全体で噂になるってことは絶対にないんだけれども。瑞希〜早く大学おいで〜……。
まとまらない文章をこんなに書いてしまった(4000文字……!?)。いち瑞希推しとしてはどのような形であれ、あの子が息のしやすい場所が減らないようにと願うばかりだ。
あと、「男の娘」や「オカマ」などとしてマイノリティを消費せず、ここまで緻密な描写の出来るプロセカはすごいし、今までそういった描写に嫌悪感を持っていた当事者でもプレイする価値のあるゲームだ。あ、堅い言い方したけど宣伝です。一緒に苦しみましょう。よろしくお願いします。
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