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三流カメラマン戦記 -下積み編③-
東京に来て、一年が過ぎた。
それなりに忙しい日々で、いまだに慣れない環境に対応できずにいた。
東京生活でのストレスが思った以上に重く、気力が湧かなかった。
それでも休日はカメラを持って街に繰り出したり、スタジオで自習をしたりした。
東京のような大都市を撮るのは楽しかったし、目に映るすべてが新鮮だった。
それに引き換え、スタジオでの仕事は、地味でつまらなかった。
物撮り、誰かのポートレート、物撮り、物撮り、物撮り…。
毎日が同じような事の繰り返しで鬱々とした時間を過ごした。
社長は昔ながらの職人気質を持った初老の人で、仕事は見て覚えろというタイプだった。
確かにそういう姿勢も大切だとは思うが、私は正直好きになれなかった。
世代の壁も大きくて話がうまく噛み合うこともなかったので、一緒にいる間もあまり仕事以外の会話をしたことはなかったし結局、最後まで社長と打ち解けて話すことはなかった。
印象に残っているのは、一年に3回ほど地方での風景撮影があった。
機材を持って社長の後ろを歩いてレンズを換えたりするだけなので楽だったし、知らない土地は気分をリラックスさせてくれる。
夜はいい食事ができたし、それなりにいいホテルに泊まることができた。
それと、一度だけ都内でア○ウェイのパーティーの撮影があった。
夕方から夜の撮影で宿泊する必要性がないのに、高輪プリンスホテルに宿をとってくれてて、翌日は朝食バイキングを食べて帰ることができた。
私はちょろいので、ア○ウェイっていい会社だな〜と思ったりしたが、会員の人達の目が一般の人と違ってギラギラしてるのが印象的だった。
それ以外の多くの時間を、スタジオで通販カタログの撮影に費やした。
ずっと自分が居るべき世界はこんな場所じゃないと考えていた。
サーキットこそが自分の居場所なのだと。
そういえば、東京に来てから一度もモータースポーツを撮っていなかったことを思い出し、だんだんとモータースポーツへの情熱がすり減っていっているのではないかと気づいた。
これはいかんと思い立ち、富士SPWともてぎにレースを撮りに行った。
バイクは上京する時に全て処分したので、電車に乗って。
片道4時間ほどかけて行って、また同じ時間をかけて帰る。
想像以上の遠さにげんなりした。
関西に住んでいた頃は、サラリーマンだったので手取りも安定していて、鈴鹿サーキットにも1時間ちょいで行くことができた。
ピーク時は1年間で20回鈴鹿サーキットに足を運んだこともある。
ヘアピンコーナーに観客が私しか居ないようなレースさえも行った。
それほどレースを撮ることに情熱を捧げていたのに、富士で撮影していてもいまいち気分が乗らず、楽しみを見出せなくなっていたことに気づいた。
帰りの電車の中でボーッと考えていた。
そう何度もサーキットに足を運べるほどの手取りもない。
また同じように金と時間をかけてレースを観に行くだろうか?
多分、本当に好きな人はそれでもサーキットに足を運ぶんだろうけど、私は何故かそういう気分になれなくて、すっかりレースを撮ることへの情熱が消え失せてしまったことに気づいてしまい、私はレースを撮影することをやめてしまった。
それでも、仕事で撮ることはまだ諦めきれていなかった。
次回へ続く
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