ガラスコップの舞踏会
真夜中のガラスコップは、白い影をたたえて、慎ましく舞踏会を開く。グラスハープの音色と、輪ゴムのウッドベースが、世界を包もうとする。キッチンペーパーの絨毯は、テーブルを青白い月世界に変えてしまい、墜落した模型飛行機のパイロットが、どうしたものかと頭を抱える。だからぼくは、眠れないのだ。彼らがあんまり賑やかなせいで、ぼくはひとりでいるのが淋しくなった。
透明なコップに、透明な水がたたえられているのが、一番きれいだ。ぼくはそう考える。こぼれていたら、もっと好きだ。こんな夜は、透明なコップが欲しくなる。たとえば、薄いグラスや陶器でもいいけれど、必ずと言っていいほど欠けてしまうので、ぼくはあまり好きではない。形あるものはいつか壊れるから、仕方がない。だからぼくは、透明なガラスがいい。いくら落として壊れても、いくらでも代えがいる。
「眺めているばかりじゃ、意味ないよ」
カタバミは、ストロベリー・アイスクリームにスプーン突き立てた。
「おいしいものはね、食べられないと意味がないの。アイスは食べてこそなの」
「彼らの舞踏会に、ぼくは似合わないよ。カメラマンがいいところだ」
「スプーンをライフルみたいにさげればいいじゃない。行かないの? せっかくの舞踏会なのに?」
ぼくは肩をすくめた。
「彼らはみんな、好き勝手に踊っているだけだからね。ダンス・ミュージックが流れているわけでもないし、食器は楽器じゃない」
カタバミは、アイスクリームを一口食べてから、言った。
「じゃあ、踊ればいいじゃない」
「ぼくが? 彼らと?」
彼女は頷いた。
「そう。あなたが踊るの」
「それは無理だよ」
「どうして?」
「どうやって踊ればいいか、わからない」
キッチンペーパーの砂漠に、一陣の風が吹いた。カタバミはスプーンをくわえたまま、黙ってぼくを見つめた。
「呆れた」
彼女は大袈裟に肩をすくめた。ストロベリー・アイスクリームを平らげてしまって、そのツバメ印がついた金属製のスプーンを、紳士のステッキのようにくるくる回した。いつしか、近くのマネキン人形からシルクハットを拝借していたらしく、ステッキの先で器用にくるくる回してみせた。
「あなたの頭の中、何が詰まってるのかしら」
「アイスクリーム」
「アイスクリーム? それと?」
ぼくは頷いた。カタバミは溜息をつき、白い手袋で三度拍手した。三度めのリズムに合わせて、彼女はステップを踏み始めた。ぼくにはそれが、ワルツのように思えた。あるいは盆踊りかもしれなかったが、とにかくカタバミは楽しげに踊った。ダンス・ミュージックが流れていなくても、食器は楽器だということを、彼女は証明してみせた。
「わかった?」
ぼくは、わからないと答えた。彼女はステップを踏みながら、ゆっくりと一回転してみせた。
「アイスクリームがこぼれないようにするには、踊ればいいの」
「そういうダンスがあるんだね」
カタバミは肩をすくめた。もうシルクハットは被っていなかったし、ステッキも持っていなかった。ステップを踏みながら手袋を外し、それをカタバミはぼくに手渡した。シルクハットよりもステッキよりも大切なその片方を、ぼくは受け取った。木綿の、やわかくも少し湿った布が、手のひらにうずくまった。
チク!
扇形したガラス片が、指をさっと切り裂いた。キッチンペーパーの砂漠に、赤い点がじんわり広がった。
「痛い……」
「かわいそう。気づかなかったのが悪いの」
すぐ後ろに、あたたかい吐息を感じた。さらさらした髪の毛が、耳の辺りをくすぐった。振り返ればそれは、白い石膏のマネキンだった。