木星の恋人
口づけが甘かったのは、相手が木星人だったからでしょうか。それとも彼女が、ずっとそれを待ちわびていたからでしょうか。
「あなたは不思議だ。夜の光の味がする」
「それは、私が電気の下で育ったからでしょうか」
「わからない。それは僕たち木星人がまだ未発見なんだ」
木星人は彼女の唇を放しません。でも彼女にはそれが気持ちよくて仕方ありませんでしたので、このままでいたかったのです。けれど彼女は木星人の背後に広がる星雲や星々を見たいと思いましたので、彼の背中を軽く叩きました。木星人はやっと唇を放しましたが、その腕はなおも彼女を捉えているのでした。
「あのう、すみません」
丸顔のボーイが、銀のお盆に白い封筒を載せて待っていました。赤い流星の意匠が、封筒のてっぺんで光っています。木星人は名残惜しそうに彼女を放し、そしてやっと立ち上がりました。
「申し遅れました。わたくし、木星中央郵便局の配達員であります」
「郵便局?」
「そうであります。あなたのその手紙を届けるために来たのです」
彼女は急いで封を切りました。そこに書いてある文字を見て、思わず「まあ!」と声をあげますと、ボーイは得意そうに言い放ちます。
「大統領が、あなたにお会いしたいとのことです」
厚紙のチケットが一枚、金の箔押しで光っていました。お菊さんは、これはきっと木星に招待されたのだと確信して、赤いチケットを胸に抱きしめました。
「でも、帰りの切符がないわ」
「住んで仕舞えばいいさ」
それは、木星の衛星になることかしらと、お菊さんは少し残念に思いました。