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短編小説:コーヒーとオレンジ
僕は朝起きると一杯のコーヒーを淹れる。
少し多めにお湯を沸かしてポットに入れた後、ドリッパーにろ紙を敷いてコーヒーを淹れる。
お湯を、ひかれたコーヒー入れるとふわりと膨らむ。
それはまるで赤ちゃんの肌のような。そして、時間をゆっくりとしてしまうような。
僕はそこにささやかな幸せを感じる。
その膨らんだ豆がゆっくりとしぼんでいって黒い水が下に落ちる。
その瞬間が好き。
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着替えて、顔を洗い、スキンケアをした後、朝食をとる。
さて、僕の日常の一幕もこうして始まる。
朝というのは、僕には希望とか期待とかそういった言葉がよく似合うと思う。
これから始まる一日に、深く息を送り出すために肺にめいいっぱい空気をいれるような。
そんな感覚。
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散歩に出る。
好きな音楽を聴いてゆっくりとその曲に没入しながら歩くのだ。
僕の歩幅はさりげなく、歩調は意気揚々と、その聞こえてくる音楽にあわせて歩いてく。
僕の好きな瞬間。
やがて運動公園にたどり着く。
そこにある人間模様もまた好きだ。平日の昼はおじいさんおばあさん。休日は子連れの親や、若い大学生らがいて、だいぶ見える景色が変わる。
僕はその中に入りながら、一人音楽と、歩くことによって考えをめぐらす。
そうしてまた一つ気づきを得ながら一日を生きる糧とするのだ。
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ひとしきり歩いた後、僕は家に帰り、ささやかにゲームでもしながら、僕はゆったりと午前中の時間を過ごす。
昔の人が片手間にお手玉で遊ぶように。
そしてお昼ご飯。
野菜を切って、肉を切って、フライパンで焼いて、その上から卵を落として。
朝の残りのスープとごはんと一緒に。
お分かりの通り手間をかけるほどの料理に凝っているわけでもない。だからいつもこんな感じ。
しかし、健康は僕の日常のオレンジと直結している。
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ご飯をたべ、ふとリビングから窓の外を見る。
窓の外には庭が見える。
きれいに手入れされた庭ではないが、ささやかな家庭菜園や、小さな花壇なんかが見えて、つかの間、僕の時間は緩やかになる。
妖精の不思議なおまじないにかかったかのような、そんな感覚。
僕は首をもたげ、この時間の中に顔をうずめる。
それは、優しく僕を包み込んで、宙のほこり達が日の光でゆらゆら光って、僕を日常の彼方へと連れていく。そうして僕は言うのだ。
「ありがとう。」
ゆったりと首をあげれば、そこはもうこぼれ日のいつもの部屋で。僕はまた深い感動に浸る。
なにか見えないものに守られているのかもしれない。
そう思わせる。
僕のかつても思い人も、今ではただの過去になり、あの時の若かった僕に、この今の日常が何よりのお土産で。
僕はやはり、やはりもう少し、この午後の緩やかなひとときをこうして目をうっすら開けて、この僕だけに向けられた愛を、しっかりと享受していたいと、そう思うのだ。
庭の野菜が、午後のこぼれ日を浴びて、哀愁と疲れを僕にそっと教えてくるように。
僕もまた。
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向かいの家の窓に明かりがともるころ、僕はお風呂に入る。
今は寒い。
寒い日のお風呂ほどあたたかいものはない。
お湯につかると体が僕に言う。
「ありがとう。」
ぼくは体中のそれらを受け止めて、天井を見る。
僕の好きな瞬間。
そうして不思議と一日が終わろうとしていくのを実感するのである。
僕にとって一日とはーーーーーーーーーーー永遠ーーーーーーーーーーーーー。
それはつまり、日常の彼方。
だからそれが過ぎるとき、僕はお風呂に入ってこう思う。
「どういたしまして。」
そうして僕は一日を終える。
これが僕の日常。つまりだ、そういうこと。
僕が言いたかったのは彼方はいつも手元にあって、そうして、そこにいつも、僕がいるということ。
これが僕のコーヒーとオレンジ。