性的同意アプリがもたらす不同意性交の不可視化と性行為のシステム化

性的同意記録サービス「キロク」の登録者が1万人を超えたというニュースが流れた。けれども、このようなアプリを使う人は、アプリがなくても不同意性交をする可能性は低いだろう。そもそもそういったことに気を使わなければという意識や、のちに問題化されるかもしれないという不安を持っているからこそアプリを使用するのだ。すべての人にアプリの使用を義務化するのであれば話は別だが、不同意性交をするような人はアプリを使用しない、または悪用する。すでに一部の識者などから指摘されているように、「不同意」でありながら「性的同意アプリに同意させる」ことはそれほど難しいことではない。そして、アプリ上で同意されているがゆえに、それが「不同意であった」と証明することはアプリを使用していない時より困難になる可能性がある。問題は、その同意が密室で行われることにある。たとえば、飲酒などなんらかの要因によって、そもそも正常な判断ができない状態でアプリに同意させるということは容易に想像できる。アプリ使用時に第三者による監視ができないところにおける行為を「同意」とみなすことのほうが危険ではないか。アプリを使用したことによって、かえって「不同意」を証明しづらくなるようでは本末転倒ではないか。
このようなアプリが登場した背景には不同意性交等罪があるのだろうが、不同意性交等は強制性交等や強姦などから改正されてきたものであり、まったく新しいものではない。ただ、不同意性交等では「ハラスメントのように相手の供述のみ」によって逮捕などの可能性がある。もちろん相手の同意のない性的行為は重罪である。それを明確にすることによって不同意性交等を防止するということであると考えられるが、性行為をアプリなどによってシステム化することの問題についてはあまり議論が見られない。性につていの教育や知識の低さが如実に現れているといえるだろう。こういったことを面倒だと感じてしまえば、人びとが性的行為から退却するということの可能性も考える必要がある。また、「ホテルに行ったからといって、それが性的同意を意味するものではない」というような言説が見られるが、かえって議論を混乱させている。ここでいうホテルがどのホテルを指しているかにもよるが、一般的にいわれる「ラブホテル」はそこで性的行為が行われることが想定されている(例外使用もあるが)。したがって、「ラブホテル」に入る(無理やり連れ込むことを除き)ことを性的同意と捉えることに妥当性はあるだろう。このことの否定は、飲食店に入ったが飲食するとは限らないということと同じではないだろうか(トイレを借りるためというような屁理屈抜きで)。
NPO法人ピルコンによれば、性的同意とは「すべての性的な行為に対して、お互いがその行為を積極的にしたいと望んでいるかを確認するということ」(https://pilcon.org/help-line/consent#:~:text=%E6%80%A7%E7%9A%84%E5%90%8C%E6%84%8F%E3%81%A8%E3%81%AF,%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%82%82%E3%81%97%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%80%82)である。
「積極的にしたい」と「してもいい」はおそらく異なる。常に両者が「積極的に性的行為をしたい」という状況はどうしたらうまれるのだろうか。
性的同意アプリもそうだろうが、基本的に男性が女性に性的行為を求めるという前提がある。ヒト以外の哺乳類は一部の例外的行為を除いて、基本的にオスがメスに交尾をしようとして受け入れられるか拒否されるという構造がある。このことがヒトにも適用されているともいえるが、ヒトの性的行為は女性側から要求されることもあるだろう。ここがおそらくほかの哺乳類と大きく異なるところではないか。
性行為がかならずしも生殖を目的としないということは、多くの場合性行為そのものが目的であることになる。それは快楽であったり、親密性であったり、関係性の確認であったりとさまざまであろう。そしてそういったものはシステム化されることによって、異なる構造をもたらす可能性がある。

性産業

その最たるものが性産業だろう。
近年、AVにおける「不同意」が問題化され立法に至るなど、性産業においても「同意」が当然のものとされるようになった。しかしながら,そこではアプリが使用されることはない。それは、売買行為(契約)によって「同意あり」とみなされるからだ。たとえば、性的サービスを受ける場合それを求める人が性的サービスを購入するというかたちで売買契約が成立し、「同意」を意味する。しかしながら,ここでいう「同意」は先述の「性的同意」とは異なる。それは、性的サービスにおいては、購入者は積極的に行為を望んでいるが、サービスを提供する側は積極的に行為を望んでいるわけではなく(一部の例外もあるかもしれないが)業務として行っていると考えられる。
AVの場合も契約書を交わすことによって「同意」したことになり、撮影中にアプリを使うことはない。AVの場合は、性的サービスとは異なり行為を行うそれぞれの人がその行為によって報酬を得るためのものであり、その行為自体を他者に見せるという前提があることも特殊である。
このように性産業は完全にシステム化することにより性的同意アプリを不要のものとしている。
ここで考えてほしいのが、性産業における性的行為と一般的な性的行為の違いは売買契約のほかになにがあるのかということである。
それが親密性ではないだろうか。ここでいう親密性とは、感情や意識や信頼のような内面性における親密性である。性的サービスにおいても親密性が演じられることはあるが、それは内面性におけるものではない。
そもそも一般的な性的行為は誰がどのように行うのか、ということが重要なのである。

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