短編ファンタジー小説「誰にも読まれない物語」
(約5,500文字 読了まで約12分)
根っこから、引き抜いたマンドラゴラを手に持って、僕は駆ける。
大空を駆けたい気持ちを抑えながら、僕はマンドラゴラの声を聞かないように細心の注意を払う。
「おばば、マンドラゴラ捕獲したぞ」
僕は、魔女の家に、マンドラゴラを持っていった。
「キョエー」
言葉にならないマンドラゴラの声を聞いて、”魔女のおばば”はその場で倒れ込んでしまった。
僕は、おばばがぐつぐつと煮込んでいる鍋の中に、マンドラゴラを入れた。
これで、僕の世界平和は達成される。横では、おばばが倒れている。
「お爺様、これでいいのでしょうか」
私は、お爺様がくれたドレスを着て、くるりとその場で回ってみせた。
「おお、若かりし頃のばあやにそっくりじゃ」
お爺様は狂ったように、喜んで、手元にあるワインを放り投げた。それは綺麗な弧を描いて、壁にグラスごと叩きつけられた。
ぼんっと言う音がして、赤猫が表れた。
赤猫は私に、話かけた。
「さあ、姫。今から、ばあやを探しに行きましょう」
唐突過ぎる言葉に、私は少し恐怖を覚えた。赤猫はとても、綺麗な顔立ちをしていて、近くで見れば見るほど、可愛かった。
ただ、いきなりしゃべりかけられると、私はひく。
「気安くしゃべりかけないでちょうだい」
見つめる赤猫の目を背けるように、私はぷいっと顔を横に向けた。
「これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね。私は、赤猫のシャムス。他の人からは、ネコちゃんと呼ばれています」
赤猫は2つの後ろ脚で立ち上がり、上品なお辞儀をした。
「ネコちゃん。どうして、私はばあやを探さないといけないの?」
私は、ドレスにワインがかかっていないか気にしながら、赤猫に聞いた。
そこに、お爺様が口をはさんだ。
「わしは、ばあやに会いたい」
「知らんがな」
咄嗟に、私はお爺様の言葉に反応してしまった。
「今から、舞踏会に行って、素敵な王子様と会うの。だから、私はばあやを探しになんていけない」
赤猫のネコちゃんは、とても寂しそうにつぶやいた。
「それはとても残念です。ばあやは、莫大な遺産をお持ちで、唯一の肉親である姫は、それを相続する権利がある。しかし、今、ばあやはどこにおられるか分からない。仕方ありません。他を当たることにしましょう」
そう言って、赤猫のネコちゃんは、とぼとぼと窓の方へ歩いていく。
「ちょっと待って、ネコちゃん。私は、昔からばあやに一目会いたいと思っていたの。さあ、今すぐ探しに行くわよ」
振りむいた赤猫のネコちゃんは、目を輝かせた。
「そうですか、それは良かった。では、姫、行きましょう。まだ見ぬ、ばあやの元へ」
「起きたかい?」
僕は、倒れたおばばをベッドに寝かせて、看病していた。
「あいたたた。まだ、頭が痛いよ。どうして、マンドラゴラの口を塞がなかったんだい。危うく死にかけるところだったよ」
おばばは、ベッドからむくっと起きて、後頭部を撫でている。
「で、出来たのかい?私の術は」
僕は、荒熱を取った鍋をベッドの近くまで持ってきた。
「いや、まだ、足らないんだ。おそらく、処女の生き血が足らない」
「そうかい。残念だったね。これで世界が救われるとおもったのだけれど」
おばばは残念そうに、上を向いて、「あっ」と声をあげた。
「1人、心当たりがあるんだよ。私の唯一の肉親で、孫がいるんだよ。その子の名前は、姫だ」
「姫?変わった名前だな。どきゅんネームなのか?」
僕は、荒熱を取った生温かい鍋を元の位置に置きながら答えた。
「私の息子が名付けた子だからね。仕方ないさね。さて、あんたは、これから、私の孫の姫を探しに行っておいで。たぶん、オアシスにいるだろう」
そう言って、おばばは、地図を手に持ってきた。
「ここからだと、レディオヘッドが近いじゃろ」
僕は地図を覗き込んだ。手書きで書かれた地図は、とても読みにくい。というか方角が全く分からない。
「これは北なのか、それとも南なのか」
僕は、地図の上部を指しておばばに聞いた。
「その方向は、西北西じゃよ」
「いや、読みにくい地図やな!」
僕は、地図を回転させて、北に向けた。
「そもそもじゃな。誰が北を上と定めたんじゃ?」
「北極星の位置だろ?北極星は、偶然にも地軸の延長線上にあるから、地球が自転しても止まって見える目印になる」
「バカか、貴様は。ここは、メルヘンの世界じゃぞ。そんな北極星なんかない」
僕は手の平をたたいてみせた。
私は、お気に入りのドレスとともに、オアシスの街を出る用意をしていた。
「あの、姫。そんなに荷物を持って行けませんよ」
トランク10個分の荷物を見て、赤猫のネコちゃんは、両手を上げた。
「あのね。女には、色々と用意しなくちゃいけないものがあるの。あんた、猫のくせに何も知らないのね」
「まあ、猫ですから」
私は、トランク11個目のトランクを開けて、そこに旅で必要な髪を巻くカール用のアイロンと、巻いた髪をストレートにするストレートアイロンを詰め込んだ。
出発を決めたあの日から、1週間。私は、旅に必要な準備に追われていた。トランクが足りなくなると、赤猫のネコちゃんに街へトランクを買いに行かせた。時間がいくらあっても足りない。私は、猫の手も借りるようになっていた。
「そろそろ出発しないと物語が進まないんですけれど」
ソワソワしている赤猫のネコちゃんを横目に、私はタイトル回収をした。
「大丈夫。これは、誰にも読まれない物語だから」
私は、ちょっとキメ台詞っぽく言ってみた。ちょっと良くない?このタイトル回収。どうかな?
もし、良かったら、コメント欄に書いてくださると嬉しいわ。
「よしっと」
私は最後の13個目のトランクを締めて、声を出した。
「これで、ようやく出発できる」
赤猫のネコちゃんは、不甲斐なくもすでに満身創痍の状態に見える。
私は、13個目のトランクを持って、「さあ、車をよこしなさい」と、赤猫のネコちゃんに言った。
「姫。ここは、メルヘンの世界ですよ。車なんてありません。馬車を用意しておきましたので、そちらにお乗りください」
赤猫のネコちゃんは、一階に降りて行った。
「えー。クーラー付いてないところ、無理なんだけど」
私は、しぶしぶ、ネコちゃんの後をついて行った。
お爺様、お元気かしら。
私は、階段を降りながら、ちょっとセンチメンタルジャーニーに浸っていた。
僕たちは、1週間かけて、ようやくオアシスの街に辿り着いた。
「なかなか、遠かったな。でも、まあ歩いて来れる距離だから、近いのかもしれないな」
やはり1人旅は危険なので、途中のルイードの酒場で、傭兵を雇っておいた。
彼らの名前は、「戦士の高雄」「僧侶の最上」「遊び人のボルチモア」の3名である。
つるっぱげの僧侶の最上が口を開いた。
「ここまで、辿り着けて良かったですね。これからの旅に髪のご加護がありますように」
続くように、戦士の高雄が言った。
「我々の任務は、ここまでである。武士は食わねど高楊枝」
最後に、遊び人のボルチモアは、何も言わずに繁華街へと走り去った。
ありがとう。君たちのおかけで、ようやくここまで来れた。
駄菓子菓子、彼らの紹介はいらなかったのではないだろうか。僕はふとそう思ったが、口に出すのは憚られた。
3人と別れて、目的地のベーカリー街221Bまでやってきた。
パンのいい匂いが漂っている。
僕は、沢山の荷物を載せた馬車にひかれそうになったが、なんとか身をかわして、交通事故を予防することに成功した。
「全く荒い運転しやがる。本当に京都と名古屋の人間は運転が荒い」
僕は、そう言いながら、両手で服をはたいた。
目的地は、住居が並んでいる二階にありそうだった。
僕は扉の前に立って、コンコンと咳払いをした。
ガチャリとドアが開いて、中から1人の男性が表れた。
「誰だ。貴様は」
その眼光は、とても鋭かった。形容しがたいのだが、ゴルゴ12と北戸拳に、高倉健を足して、5で割った感じの老人だった。
「お初にお目にかかります。僕の名前は、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ビョンホンと申します」
僕は、息継ぎせずに、老人に自己紹介をした。
老人は、二度瞬きをして言った。「え、なんて?」
僕は、「耳鼻科いけ」と心の中で思いながらも、年長者に敬意を表して、もう一度、紹介することにした。
「僕の名前は、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ビョンホンです。覚えてください。」
老人は、ようやく聞き取れたようで、僕に向かって言った。
「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ビョンホン君でいいのかな。いったい、何の用で、ここに来たか教えてくれないか?パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ビョンホン君よ」
一言も間違えずに僕の名前を読み上げた老人に、驚きを隠せなかった。
しかし、こちらもただ遊びにきたわけではない。しっかりと用事を言わなければならなかった。
張りつめた緊張の中で、僕は老人に問うた。
「姫。いますか?姫」
「ん?姫か。さっき、旅に出て行ったところじゃが。いったいお前は、何者なんじゃ?」
「だから僕は、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ビョンホンです」
「名前は分かっているんだ。その、なんだ、君は、姫の男なのか?」
老人に言われた内容が分からない。姫の男?
僕は、とんだ勘違いをしていたかもしれない。「姫」という名前だったので、てっきり女の子かと思っていたが、男の子なのかもしれない。
「そうなんですか。姫の男だったんですか」
僕は、過ちをすぐに正す真っ直ぐな男である。
「そういうことになるのかもしれないな。さっき、旅立ったところだから、今なら追いつくかもしれない」
老人は遠い目をして言った。
「どこに行ったか、ご存知でしょうか?」
私は、行先を聞いてみたが、老人は首を振るだけで答えてくれない。
「わしにもどこに行ったか分からんのじゃよ。わしのばあやを探しに行ったんじゃが、ばあやが今どこに住んでいるかも分からぬ」
「ばあやのお名前は何て言うんでしょうか」
「ばあやの名前か。その名前で呼ぶのは懐かしいのう。昔を思い出すわい。そうそう、ばあやと会ったのは、もう50年も昔になっての…」
老人の昔ばなしが始まった。
良い子はそろそろねんねする時間である。ここに全て書きたいのだが、老人の昔ばなしを書き出すと、おそらくそれだけで、10万文字を越える大作となるため、ここでは泣く泣く割愛させていただく。
夜も明けそうな朝方。遠くでニワトリが鳴く声が聞こえてくる。
僕は、その声を聞きながら、眠たい目をこすって老人の話を聞いていた。
そして、最後にようやく名前を聞き出すことができた。
「ばあやは、とてもかわいい子で、モテモテだったんじゃ。あ、そうそう、名前は、”おばば”という名前じゃ。かわいいじゃろ?」
おばば。
まさか、あの”おばば”なのか。人違いなのか。よく考えろ。
もう一度、この物語を最初から読んでくれた人は、気付いているはずだ。
僕はもうすっかり忘れていた。
この老人は、おばばの夫さんだった。
説明しよう。つまりこういうことだ。
おばば ⇒ 孫「姫」 ⇒ 目の前にいる老人「姫」のおじいちゃん
何やってたんだ。この無駄な時間は!!
僕は、「もう結構です!」と丁寧に、お断りを入れて、玄関を後にした。
老人は、まだまだしゃべり足りないようであったが、僕には時間が無い。
階段を降りてベーカリー街の通りに出た時、僕は悟った。
もう見つからないかもしれない、と。
了
あとがき
私は原稿を書き上げて、机の上に置いているホットコーヒーを手に取った。もう、コーヒーは冷めていた。
5,000文字のファンタジー小説を書くなんて、久しぶりである。
今回は、しっかりと完結させた物語を書こうと思っていたので、非常に満足している。
読んで頂いた皆様は、もうご存知だと思うが、この小説のテーマは「愛」である。
私たちは、日頃より愛について語り継いできた。しかし、この小説を以って、愛という形の無いものに、1つの答えというか、108つの煩悩を書き残せたのではないかと思っている。
小説は、読む人によって感想が変わるので、作者の私がこれ以上のこの作品にどうのこうの言うのはやめよう。先入観を持って、読んでほしくないためである。
もし、この作品を通じて、愛や煩悩、生きる苦しみや楽しみ、世界平和や未来への鼓動を感じ取れなかったら、下記の方に文句を言っていただきたい。
私は、あくまでも、この作品を世に出したに過ぎないのだから。
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