読み切りファンタジー小説「悪魔界の任務」
(約2,900文字 読了まで約6分)
闇の底から、一輪の花が咲いた。
それは、とても美しく、ただ見ているだけで癒されるものだった。
人間界には沢山の人間が住んでいる。この地の底にある悪魔界に所属している悪魔の数よりも多い。人間というものは、実に愚かである。己の欲望に負け、死への恐怖を忘れるために寂しさを紛らわす。紛争は世界各国で見られ、我々、悪魔が何もしなくても自滅するのではないかと危惧している。
悪魔界は、天使界や人間界と違って、非常に厳しい縦社会である。我らの主、ルシファーの為に、身命を賭して任務につく。厳しい戒律、鍛え抜かれた精神。それこそが、我々悪魔界の誇りであり、恐れられる所以なのである。
私の名前は「ベルゼブル」である。悪魔界の路地裏では、それなりに知っている悪魔たちもいるだろう。
私は一輪の花を自宅に持って帰って、鉢に移してやった。あのままでは、いずれ栄養が無くなって枯れてしまう。せめて、少しでもその美しさを長く保ってやりたい。悪魔としての矜持として。
いつもの如く、花を怖がらせるために、土が乾いていないか指で触れてやる。少し、まだ湿り気があるから、これ以上の水は与えない。私がしていることは、とても悪に染まっている。
すると、固定電話が鳴った。ジリリリという音ではなく、とても恐怖に満ちているヨハン・シュトラウス2世の「こうもり」序曲が流れるのだ。
私は、恐怖におののいた。おそらく、この間の天使サマエルとの決戦について、悪魔界の王「ルシファー」から審判を下されるのだ。
私は機敏な動作で受話器を取って、先に話かけた。
「もしもし、お疲れ様です。ベルゼブルです」
声の主は、悪魔界でも実質No2と恐れられているベリアルであった。
「お疲れ様です、ベルゼブルさん。お忙しいところ、すみません。ルシファーさんから、今日の13時からWEB会議出来ますでしょうかとのことで、ご連絡させて頂きました」
やはり…
私は、ルシファーの審判にかけられてしまうのか。少し、恐怖で体が震えてしまうが、ここは悪魔の意地だ。そんなことは微塵にも出してはいけない。
私は、自分を保って電話に答えた。
「いっすね~。13時だったら、空いてるんで、ルシファーさんに会議招集を送っておきましょうか?」
「ありがとうございます。いえいえ、私から後でベルゼブルさんのスケジュールに送っておきますので、お手数ですが、承諾いただけたらと思います。それでは、お忙しいところ、すみませんでした。13時からよろしくお願いします」
ベリアルは、自分の要求だけを言って、電話を切った。さすが、No.2と言われるだけのことはある。私は恐怖で、何も答えることが出来なかった。
窓の傍にある一輪の花を見て、心の中で「最後まで面倒を見ることができないかもしれない。すまない」と呟いた。
こんな緊迫した状況では、さすがに食事も喉が通らないが、ちょうどデビルスーバーで昨日、買ってきたシラスがあった。
命は美味しく食べなければならない。それが、悪魔の掟である。泣きわめこうが、懇願しようが、その魂を食らう。それが我々、悪魔の使命なのである。
シラスの短い命に、手を合わせてから、調理を開始する。このシラスの命を使ってパスタでも作ろうではないか。
独身の男性でも手軽に作れる。そして、調理時間も短い。洗い物も少ない。
我々、悪魔界の一流悪魔となると、ただのパスタは使わない。
高たんぱくパスタを使ってタンパク質不足を補うようにしているのだ。
なんと、湯で時間は3分である。時短にも繋がる。味もそこまで悪くない。悪魔からのオススメ商品である。
まあ、別に無理に買わなくてもよい。
食べ終わり、洗い物も終えて、私はパソコンの前に座った。
WEB会議まで残り5分である。5分前には、準備しておくのが、悪魔界の鉄則である。
時間厳守である。相手の時間は、相手の人生そのものを頂くようなものである。そのため、遅刻など言語道断!!貴様に、相手の人生を返すことが出来るのか、私は悪魔として、そう問いただしたい。
時間になった。私は、ここまで来れば、もうどうとでもなれという気分でWEB会議のボタンをクリックした。
そこには、全世界を恐怖のどん底に陥れる「魔王 ルシファー」の姿がそこにあった。
青いスーツに、青いネクタイ。ブランドは、おそらく「トムフォード」である。キッチリ着こなしながら、どこか大人のオシャレな遊びがある。そんな高級ブランドである。
ルシファーは、画面越しに重々しく、話を始めた。
「ベルゼブルさん、お疲れ様です。この間、天使界のサマエルさんと一戦を交えたとの報告書を読んだのですが、どのような感じでしたでしょうか?」
私は、マイクを一旦消して「ふー」と深く息を吐いた。そして、マイクをオンにして、神妙な面持ちを崩さずに、画面に言葉を返した。
「そっすね~。いいとこまでいったんすけど、互角でしたね。天使サマエルもなかなかやり手で、やっぱすげぇなって、ちょっと思ったんっすよ」
嘘をついてもすぐにバレる。そのため、私は正直に答えることにした。
「そうなんですね。どうでした、感触は?もう少しで勝てそうな感じでしたか?」
ルシファーは、私に恫喝を入れてきた。さすが、悪魔界の魔王である。
「どうなんですかね?敵ながら、あっぱれな感じでしたけどね。まあ、我々は、このまま楽しんでいけばいいんじゃないでしょうか。いつか何か開くことがあるかもしれないし、無いかもしれない。それでいいじゃないっすか?」
私は、かなり考えた末、重々しく口を開いた。魔王ルシファーも笑顔を崩さずに、咆哮した。
「楽しんでお仕事していただけているのなら良かったです。引き続き、この調子でやってください。我々は、この世界を路地裏にすることが目的なのですから。ベルゼブルさんのペースで、そのまま続けてください」
なんとか私は、魔王ルシファーの断罪を免れる事ができた。
我々、悪魔界としては、なんのはなしですかを人々に植え付けるためにこれからもより一層、悪魔の力を人間界に広めないといけない。
ただ、別に広まらなくてもいいのだ。みんなが、自分の思いを気軽に記事に書けることが出来るのであれば。
いつか、みんなを陽の当たる場所へ。
そんな気持ちで、私は一輪の花を、私は眺めていた。
おしまい
前回のお話です。別に読まなくても、1話完結なので全然、大丈夫です。
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