希望のトンネル【短編小説 883文字】
暗闇の中、私はどこに行きたいのかさえ、分からない。
心の行き着く先に、ふと、目の前にトンネルが表れた。
歩いて来た道を戻ることはもう出来ないし、トンネルに入るしかないと思った。
山の水がトンネルの岩を伝って、しとしとと音が鳴る。
ここは、月の灯りも届かないトンネルの中。
少しずつ私は暗闇に慣れていった。
はじめは、何にも見えない。本当にただの暗闇。真っ黒。
だけど、目が慣れてくると、少しずつ見えてくる。
ごつごつとした岩肌。寒さを遮ってくれる。
私はとても嬉しくなった。今まで歩いて来た山道は、いつ獣に襲われるか分からない道だったし、月灯りがあったとしても、私の心は落ち着かなかった。
けれど、ここには寒さと獣から守ってくれている優しさがあるように、私には思えたんだ。
そっと、トンネルの岩肌に触れてみる。
そこは、少し濡れている。湿っている。そんな感触だった。
みんな、それぞれ、触れてみないと涙は見えない。守ってくれているようで、泣いているような、そんな感覚だった。
いつの間に、朝になっていたんだろう。
トンネルの先にまばゆい光が差している。私はその姿たるや、とても神々しいものを感じ取った。
「トンネルの出口を出れば、私は何か1つでも救われるんじゃないか」
そう思ったと同時に、私の両脚は一気に出口へと動いていた。
走っている。私は、今、嬉しさのあまり走っている。
長い夜が過ぎ、トンネルの向こうに光が見える。
先ほどまで聞こえていたトンネル内に響き渡る山の雫の音は、もう私には聞こえていなかった。
とても、利己主義だと思う。自分が助かりたいためだけに。
そして、私はトンネルの出口を走り抜けた。と、同時に、私の体は宙に浮いた。
トンネルの先は、崖になっており、そこから先に道は無かった。
私は光に騙された。いや、自分で勝手に光に進んだことが悪い。
トンネルの出口にも道が続いているという固定概念が、私を谷底に突き落とす。
もっと注意深く歩けば良かった。何を浮かれていたのだろうか。
光は急速に無くなり、今まで見たことも無い深い深い深淵の谷底に落ちていくのであった。
了
あとがき
トンネルの先は、道があるって誰が決めたんだろう。
トンネルを出た先に、道はなくて、そのまま落ちてしまうこともあるだろう。
人は優しい。トンネルのように守ってくれるかもしれない。とてもありがたく感じる。
けれど、忘れる勿れ。最後は、自分自身である。最後の最後は、自分できっちりと確認をしなければならない。人の優しさに甘えてはいけない。自惚れてもいけない。
トンネルは、トンネル自身を愛している。当たり前だが、あなたの全てを許容しているわけではない。
いつまでも忘れずに、教訓として、胸の中に閉まっておきたい。