亜美ちゃんは美人:感想ネタバレなし
亜美ちゃんは美人:感想ネタバレなし
最高に納得できる展開に驚く。これが同年代の書いた小説を読むということかと思わず納得してしまう。
美人というのは美人というだけでステータスがあり、美人特有の悩みにもならない重大な苦しみを抱えているのだと考えさせられる作品である。男の側からすれば、どうやって美人な彼女と親しくなれるのか、お付き合いできるのか生殖行為を行うことができるのかということしか考えておらず、褒めたたえて接点を増やすしかない悲しい性を持っている。
美人だということでは女性側からすると人間関係に美人だということだけで響くほど影響力のあるものだということを知った。女性の人間関係は男性ほど単純ではなく、人間と人間が共鳴するかのように関係が作られていく。その人間関係の波紋の中をサーフィンするように泳ぎ渡っていかなければならないという人生を達観していなければ苦しい状況だといえよう。
美人の亜美ちゃんがいるからこそ主人公のさかきは苦しみ、楽しむ。亜美ちゃんという波紋がさかきちゃんに与える影響は甚大である。美人というと外見のみをさす言葉であり、内面の頭のよさや性格などは置いてけぼりとなっているがその外見と内面の隔絶が美人は特別に外見のみに特化している。それは男の性だともいえるが、女性も美人には弱い。
脳科学者の中野信子さんが話を聞くかどうかは相手のルックスによって説得力が違う。という話を聞いたことがある。また、Twitterなどでは「私は美人でスタイルもよくFカップなので、大抵のことはふーんで済む」というポストにも表れているように、美人はしゃべれば説得力マシマシでしゃべらなくても物事が片付いていく、それは周りが勝手にやってくれるだけで美人には何の責任もない。
その美人であるということで美人の性格が作られていくという過程が亜美ちゃんは美人という作品にはすごく表れている。男性関係で最後はなるほどな。と思い考えさせられる部分があるが、よく見かける組み合わせだと思って思わず納得してしまった。
これ以上話すとネタバレになってしまうのでそれ以上話さないようにしよう。
ただ単に綿矢りさのファンになってしまったということをここに記しておこう。綿矢りさ自身も美人だと思うし、霞が関勤めの官僚とご結婚されたらしく順風満帆な人生を歩まれているが亜美ちゃんはもっと隔絶された美人というカテゴリーに入るのだろう。
綿矢りさのインストールを読み始めた。次もレビューしていこうと思う。
ではでは。