野沢温泉スキー事故のふりかえり
ケガ人が目の前に、あなたならどうする?
2022年1月2日、野沢温泉スキー場でのスキー事故を救助者側からふりかえります。私はそのツアーには参加しておらず、救助に関わった友人から聞き取った話です。その救助者は私と同じスキークラブの会員で私と同じ柔道整復師です。
■負傷者は女性、60代(仮にAとします)同じ京都のスキー仲間です。
■負傷内容は
①右上腕骨頚部骨折(腕の骨の一番肩に近い部分です。)
②右脛骨・腓骨骨折(スネの骨二本ともです)
つまり「多発骨折」という重傷です。
「抜群のコンディション」という落とし穴
■コースは「スカイライン」。
■天気は快晴。気温は低いが風はなく、雪は硬くしまった絶好のコンディション。
以下は救助者(仮にBとします)からの報告に基づきます。●の番号は事実、◇はその時(主にBが)感じたことです。
❶短いコースで3本足慣らしの後、「スカイライン」へ
◇(先を滑るAを見て)速い!飛ばしてるなーと感じた。
❷両スキーが外れ座り込んでるAを発見して近づく。
(目撃者によると、コース幅の狭い部分でボーダーを避けようとして左側の雪の壁に突っ込み、右肩をぶつけ身体が前に放り出されたとのこと)
❸Aの様子を確認。動けそうにないと判断し救助を開始。自分のスキーで✖印を立てる。どうにかこうにか手伝いながら(お尻で)コース端に移動してもらう。
◇コース狭く斜度もあり負傷者の移動は難しかった
◇意識あり会話できる/出血は見当たらない/右肩と右足首を痛がっている
❹救助者Cがパトロールに電話(まず観光協会に電話してパトロールの番号を教えてもらった)
◇コースのところどころにパトロールの電話番号が掲示してあったので控えておくべきだった。(スマホでパシャっとやればすむことだ)
パトロールの到着まで
❺右脚のブーツを脱がせ、仰向けに寝かせた。
◇負傷を評価する。右肩は脱臼ではないとわかったが、痛がり方から骨折の可能性大。肩の下に物をかませて楽な肢位にしてやる。
◇下腿の方は触ってみて、折れた骨の断端の出っ張りを触れたので確実に骨折とわかった。ブーツを脱がせると患部の不安定感が増し軋轢音と共に痛がった。(「軋轢音」とは骨と骨がこすれ合って出る雑音のことです)
❻Aの右脚の骨折部分の歪みを戻す方向に引っぱりながら両手で圧迫しつつ持ち上げた。(骨の整復及びRICE処置のRとCとE)
❼容体の変化に気をつけながら、声をかけ励ました。その際、保険証や持病、服薬について確認した。
〜この間約30分〜
パトロール到着
❽パトロール(1人)到着。負傷者を確認後、本部に搬送用ボート(”アキヤボート”というらしい)と救急車を要請した。シーネ(副子、添え木)と包帯で下腿を固定し、右腕は布で固定された。
◇シーネ一本と包帯一巻では固定不十分と感じた。右腕の固定ももう少ししっかりしてあげたい。
◇パトロールが持参したスコップは、斜面上で救助作業を行う「場所作り」に大変重宝した。平らな場所がないと作業はスムーズにいかない。
◇同じくパトロールが持参した「笛」は、上から次々に滑り降りてくる人々に注意を促すのに大変役立った。幅が狭く斜度もあり、上からやってくるスキーヤーやボーダーが本当に怖かった。
〜この間約20分〜
アキヤボート到着
❾もう一人パトロールが搬送用ボートを携え到着。ボートへの移乗や固定その他を手伝った。
❿救助者Cが搬送に付き添った。ゲレンデのベース(長坂第2駐車場)で救急車と共に救急隊が3人待っており、Aの状態を説明し、引き渡した。
◇Cによると、搬送中Aはかなり痛がったとのこと。また救急車に乗せられてからは血圧をモニターされており、見ていると病院到着時には200mmHg にまでなっていた。
◇パトロールの存在がありがたかった。またチームで行動していたことも救助を行う上で大変助けになった。
ポイントは
今回は、医療系資格を持ち、初級指導員資格も持つBが負傷者に寄り添いつつケガの評価と対応を行い、上級指導員資格を持ち、自身もケガの経験が豊富?なCが連絡役となり、負傷者をパトロールへ、そして救急隊へつなげました。
Cはもう何十年と野沢に通っており、パトロールへの現在地の説明に苦労はなかったと思いますが、私なら説明できなかったと思います。
またパトロールに負傷者の状況を説明するのにBの専門性は役立ったはずです。指導員なら、現在地の把握と大方のケガの見立て(専門的でなくても良い)はできるようにしたいですね。
困難に思えたポイントは、コース幅が狭く割合斜度もある場所であったことです。ファーストエイドの訓練も普通は「平らな場所」でしかやりませんよね。斜めになった場所がいかに作業をやりにくくするか、いい経験になったと思います。
自力で動けない負傷者を、骨折した患部に動揺を与えないようにしながら、例え数人がかりでも移動させるのは大変です。雪の上で、斜度があり、しかも自分もスキーブーツという厄介なものを履いているからです。
そして次から次へと滑り降りてくるスキーヤー・スノーボーダーも結構な恐怖であるばかりか、二次的な事故の原因になりかねません。
今回はバックカントリーではなくゲレンデ上ですので条件としてはいわゆる「*ウィルダネス状況下」とはいえません。しかし、都市部なら救急要請してから平均8分ほどで救急車は到着しますが、今回は少なくとも救急車まで1時間10分ほどかかっています。これは大変な時間です。今回は四肢の外傷のみでしたが、もし頭部外傷や脊損、或いはバイタルに異常があればどうなっていたでしょう?
天気が良かったことは、搬送ボート到着までの50分を過ごすには好条件でしたが、逆に天気が良かったからこそ起きた事故であったとも言えますよね。
(*ウィルダネス状況下とは、奥深い自然の中など医療へのアクセスが数時間から数日かかってしまうような状況を言います。或いは都市部であっても自然災害などで医療機関が機能しなくなった状態もウィルダネス状況下です。)
さて最初のパトロールが到着するまでが30分。この時間をどう過ごせばいいのでしょう? 救助者BはAのブーツを脱がせ、下腿の負傷を評価しようとしました。私も同じ柔道整復師なので絶対そうしたくなると思います。我々はケガと見るや、どういうケガなのか確認せずにはおれないのです。しかし、、、
脚を負傷したスキーヤーのブーツは脱がせないのが得策
私はこの「ブーツは脱がせるべきか?」という点について明確な考えを持っていなかったので、以前受講した野外救急法の団体に見解を求めたところ、上記のような返答を得ました。
理由はいくつかありますが、①特に骨折などしていたら脱がせる時にめちゃくちゃ痛い。②脱がせる時に損傷を悪化させる恐れがある。③雪上で脱がせたら寒い。④搬送用ボートに乗せて運ばれるときはブーツごと固定されている方が振動による痛みが少ない。⑤脱がせて損傷の詳細が分かったところで、手元に医療資材がなければできることはごく限られている。
つまりこれらのリスクを上回る「脱がせるメリット」がある状況というのはそうそうない、とのことでした。しかし「絶対にブーツは脱がせない」と決めてかかるのも危険であると。自然の中は毎回条件が様々で、一つの解だけでは対応できないので、常に「リスクと利益」を比較して行動を決定する思考が大事であるということでした。
今回このブーツの件については決してBの失敗ではありません。我々京都スキー協でこの点を共有できていなかったという話です。ですのでこれを機に共有しましょう。そして忘れないように…
ということで、今回私は参加していないにも関わらず、大変学びの多いスキーツアーになりました。そして負傷者Aにはこれから手術、そしてリハビリに取り組む日々が待っています。そちらも京都のスキー仲間で応援していこうと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。