「文通」したことありますか?
私が中学生のある日
高校生の兄の元へ、見た事もない数の手紙が届いた
え…これって一体何ごと?
兄によると、毎月購入している学習雑誌の巻末にある「ペンフレンド募集」のコーナーに申し込んだものが掲載され、文通希望者から手紙が届いた、という説明だった
この異常事態は、約1週間ほど続き、最終的に100通越えの手紙の山ができた
好奇心旺盛なお年頃の私
この、何ともワクワクする「文通」の正体をもっと知りたいと思った
兄は、手紙自体には全て目を通すものの、その後の対応は一様ではなかった
切手や返信用封筒が同封されている物には、もれなく返事を書く
また、押し花や折り鶴などがさり気なく入っているものは、男心を大いに感動させるらしく、これらも別扱いで丁寧なお返事
読み終えた手紙は、鍵のついた引き出しに、ではなく、机の上に無造作に置いてあった
「読んでも良い?」ダメもとで聞いてみたら「別に良いけど」という返事
ほんとに良いの!?
兄のお下がりの手紙を読む
兄宛に来たものなのに、まるで自分が受け取ったようにキュンとする
全国の色んな場所に住んでいる女子高生が、長崎の田舎に住む一人の男子高校生に宛てて書いた手紙
文字も、内容も、実に様々だったけど、便箋の上に並んでいた文字に込められた想いは、皆同じだと感じた
その後、兄は、一人の女子高生と文通を始めた
週に一度のペースで届く彼女からの手紙
買って来た便箋をそのまま全部使って書いたのではないかと思うほどの分厚く膨らんだ封筒
時折、重量オーバーで追加の切手が貼ってあったりした
いかにも兄が好みそうな、美しく整った几帳面な文字の表書き
それに引き換え、兄が投函する封筒の厚みはそれほどでもない
この差は、一体何の差?
不思議に思っていたら…
兄は、通常の便せんではなく、向こうが透けて見えるようなエアメールの便箋を使っていたことが判明
なるほど、さすがに頭脳派はやることが違う
兄と彼女との文通は、大学に入ってからもずっと続いていたようだ
兄の文通から、様々なノウハウを学んだ妹
高校合格を果たした後に、兄と同じ雑誌でペンフレンド募集を呼び掛けた
デジャブ?かつて見たのと同じ光景が目の前に…
さすがに、男子からの手紙なので押し花や折り鶴は入っていなかったけど
もらった手紙の全てに返事を書くことの大変さを初めて思い知った
大量の手紙の中から、私は東京の某大学の男性との文通を始めた
彼は、高校生の弟の雑誌を見ていて私のペンフレンド募集の記事に興味を持ったらしい
彼が手紙に書いて来るのは、大学の授業がどうとかゼミが何だとか、軽音楽をやってて…と、何気ない日常生活の切り取り
周囲に、大学生など全くおらず、話す機会もなかった私には、そうした大学のキャンパスでの他愛無い出来事のひとつひとつがとても新鮮であり、好奇心を満たす十分な要素でもあった
ある時、母が、東京でひとり暮らしを始めた兄の所へ行くと言い出し、私もついでに連れて行ってもらえることになった
東京へ行ける!という事は…ペンフレンドの大学生にも会える?
思いがけない出来事に、我を忘れて、手紙を書いた
「○月○日から東京へ行くことになりました!」
すると、速達で返事が来て「だったら、会おうよ!」
「会おうよ」という文字を見て初めて、自分が浮かれっぱなしで何も考えてなかった事に気が付いた
以前の日記でも書いたけど
私の高校時代は、彼氏とか気の利いた存在は皆無
親友との日々の会話の登場人物が「さだ君と田中角栄」という、かなり変わった女子高生だったのだ
全く持って、男っ気のない私が、いきなり顔も声も知らない、それも年上の大学生と…会う?
調子に乗って約束をしてしまった後で、事の重大さに悩む
私が男子大学生と文通をしていることは、母も公認だったので、上京ついでに会う約束があることも告げていた。
全てにおいて、まして男女交際に関しては母が決めた鉄の掟があったにもかかわらず、何故この時は野放しだったのか?
定かではない
とにもかくにも約束の日はやって来た
私は、セーラーカラーのピンクのワンピースにヒールの高い赤いサンダルといういでたち
この時のことを振り返る度に、「もう少しどうにかした服装は出来なかったのか」と、ただひたすら悔やまれてならない
せめて母に「あんた、ほんとにその恰好で行くつもり?」と、ひとこと念押しして欲しかった
当日の服装は事前に手紙で連絡済
待ち合わせの場所は、文京区にある小石川植物園
約束の10分前に着いて、彼を待つ
口から心臓が飛び出す、とはこんな事を言うのだろうか
緊張で眩暈を起こしそうだった
5分前
もしかして…あの人?
事前に教えてくれたのは、白のTシャツにジーンズという服装
どうせなら、もっとわかりやすい色かプリントにしてくれてたら良かったのに
私を見つける方がきっと簡単だったよね
ピンクに赤、だもの
肩まで伸ばした長い髪、白いTシャツにジーンズの男性がこっちに向かって歩いて来た
「もしかして…○○ちゃん?」
「あ、はい。〇○さんですか?」
お互いを確認
当時、路上でギターを抱えて弾き語りをしている男性があちこちにいたものだが、軽音楽をやっているという彼は、まさしくそんな雰囲気の人だった
「お腹減ってない?何か食べようか?」
「はい」
少し歩いた後、小さな喫茶店へ入った
「何食べる?」
「・・・」
「俺は、ナポリタンかな。」
「あ…私、ミックスサンドをお願いします。」
インベーダーゲームの、ピュンピュンッという音が店のどこからか聞こえて来る
男性と2人で向かい合って座っている、このとんでもない状況
何とか逃げ出す手立てはないものだろうか
そんなことを真剣に考えていた
「長崎から、どうやって来たの?どのくらいかかった?夏休みは他にどこか行くの?…」
彼の問いかけが、まるで違う国の言葉のように頭の中でグルグル回っているだけで、要領得ない
「はあ」とか「う~ン」とか「えっと…」とか
これじゃあまるで迷子の5歳児と交番のおまわりさん
やがて、ナポリタンとミックスサンドが運ばれてきて目の前に置かれた
美味しそうにパクつく彼
ミックスサンドのパンが喉にへばりついて飲み込めない私
「もう食べないの?」
「ごめんなさい」
この時の私には、こう言うだけで精いっぱいだった
「ごめんなさ~い。何か…胸が一杯で食べられなくなっちゃった♡」
そう言いながらにっこり微笑む程度のあざとさが少しでも身に付いていたら
今後の展開も、人生も違っていた、かもね
ミックスサンド、半分以上残し
檸檬スカッシュだけを、チューチュー飲んでランチ終了
彼に促されて小石川植物園へ
「園庭をゆっくり歩きながら語り合う…」
ん!これだったら、何とかなるかも
横並びで歩きながらだし、顔を直視することもないし
出会った直後よりは、少し緊張がほぐれて何とか話が出来るようになって来た
色取り取りの花が咲き乱れている園内に目を奪われ…
「こっちにも珍しい花が咲いてるんだよ」と彼が細い坂道を先に下って行った
後を追うように下りかけた時…
滑って、そして転んだ
こんな場所へ来ると知っていたら、履いて来なかったよね
高いヒールのサンダルなんて
何事かと駆け寄る彼
膝から血を流し、痛い&恥ずかしい私
「大丈夫?」
「あ…はい…大丈夫です。」
膝から血を流している時点で、大丈夫なわけはない
何なら、足首だって捻って痛くて泣きそう
なのに、何事もなかったかのような顔をしてしまう私
無理矢理の作り笑顔で彼について歩く
言えなかったのよね
「痛~い。歩けな~い💦」なんて女子の台詞は
「大丈夫」というんだったら大丈夫なんだろう
男性に多いのよね、この手の間違いする人
さっさと先を歩いて行く彼の背中を見つめながら
これ以上、痛い足を引きずりながら無理してついて行くのは嫌だと思った
「あの…ごめんなさい。私もう帰ります。」
怪訝そうな顔の彼
何か言ってた気がしたけど
振り返りもせず、その場を後にした
ペンフレンドとして手紙の中の彼に好意は抱いていたけれど
それは恋心ではなかった
「彼」ではなく「男性」と2人きりで会うという
その事にただ舞い上がっていたに過ぎなかった
冷静さが戻ったら、何だか全てがどうでも良い事に思えて来た
ドキドキもワクワクも一瞬で消え去り
残ったものはヒリヒリと痛む膝小僧だけ
なんと無様な私よ…
意気消沈して母の元へ戻る
兄が買って来たビッグマックとポテトがテーブルの上で待っていた
急速にお腹が空く
ミックスサンドをほんの数切しか食べられなかった私と同じ人間とは思えないほどの勢いで、ビッグマックとポテトを平らげた
花より団子…色気より食い気
家へ帰ると、彼から手紙が届いていたけど
もう返事を書く気持ちは消え失せてしまってた
今の時代はメールが主流で、手紙を書くことも激減している
文通に夢中だったあの頃
便箋と封筒の段階からこだわっていた事を思い出す
既製の何かしら可愛い絵柄のものではなく
私は、無地のレポート用紙に思い思いに色鉛筆で絵を描いた
一枚一枚…すべて異なる絵を描いて
そこに文字を並べていった
封筒の中には、和紙の千代紙で折った千羽鶴
「この鶴が千羽になるまで文通が続きますように」と願いを込めて同封した
郵便配達のバイクの音がする度にドキドキしながら
ただ、返事を待っている
届いた時の感動
封を開ける瞬間の興奮
何度も何度も読み返しながら喜びに浸る
…って、ラブレターってこんな感じなのかな
何せ、もらったことがないので(笑)
先日、長女と話した際に、このラブレターの話しも出たのだけど
「え?私ももらったことないよ。」なんて言うのでビックリ…しかけたけど「だって、紙でしょ?今はメールだもん。ラブメール♡」
なんだ、そういう事か
だけど、時代に逆行して、今だからこそのラブレターを意中の人に送ったら…効果絶大かもね!
よし、書いてみるか…って相手がいないんだった