見出し画像

野球の殿堂−1分で読める1分小説−

「リチャード、君を今度新設される野球の殿堂の企画担当に任命する」
 部長のジョージの言葉に、リチャードは声を震わせた。

「よっ、よろしいのですか。私はまだまだ新人ですが」
「確かに君には実績も経験もない。だが野球への情熱は人一倍ある。私はそこに賭けたのだ」
「ありがとうございます」
「新しい野球の殿堂には絶対に必要なものがある。それが何かはわかるか?」
「マイケルですね」

 マイケルは、野球の神様と呼ばれる存在だ。名選手は数々いたが、マイケルと比べると足元にも及ばない。
 けれどマイケルは、野球の殿堂入りを拒否している。
 野球は記録ではない、人の記憶に残るものだ。
 それがマイケルの哲学だった。

「これまでの野球の殿堂は、マイケルの栄光の軌跡を残せなかった。だがそれは柱がない状態で家を建てていたようなものだ。今回の野球の殿堂には、マイケルという柱が必要だ。マイケルの説得を君に頼みたいのだ」
「わかりました」
 リチャードが力強くうなずいた。

「まさか、本当に説得に成功するとはな」
 ほくほく顔のジョージに、リチャードが明るい声で答えた。
「何度も足を運んだ末、協力を了承してくださいました。もうマイケルコーナーは完成しています」

「どれどれ楽しみだ」
 ジョージが館内に入って、あっと声を上げた。瞳孔が開き、ガタガタと足が震えている。
 そこにはマイケル本人がいた。

 だがすでにその命はなく、柱として埋められていた。


いいなと思ったら応援しよう!

浜口倫太郎 作家
よろしければサポートお願いします。コーヒー代に使わせていただき、コーヒーを呑みながら記事を書かせてもらいます。