服-たった1分で読める1分小説-
公園のベンチで、老人がため息をついていた。
その様子を見ていた明里が、隣に座った。
「じいちゃん、どったの?」
「……いや、最近めっきり老けた気がしてな」
「そりゃそうだよ。そんな服着てるんだからさ」
老人の恰好は、スラックスのズボンに、釣り人が着るようなたくさんのポケットのあるベスト。鼈甲のふちのメガネに、ループタイをしていた。
明里は老人を連れて、洋服の店にやってきた。
「私、アパレル関係の仕事してるんだ。服、選んであげるよ」
「……わしにはこの店は若すぎる」
「私さ、好きな言葉があるんだ」
「なんだ?」
「『服が人を作る』って言葉。人は見た目で判断するってことなんだけどね、私は服を変えると人が変わるって意味だと思う。
だから若い人の服装をしたら、きっと若返るよ」
「じゃあ頼むとするか」
明里のおかげで、老人は最先端のファッションになった。本当に若返った気がした。
服が人を作るーーその言葉を実感した。
「じゃあね」
礼を言う間もなく、明里はその場をあとにした。
一年後、明里の母親がテレビで野球の試合を見ていた。
「明里も見たら。日本最高齢の新人選手がデビューして、ホームランを打ったのよ」
明里がテレビを見て、驚きの声を上げた。それは、あの老人だった。
老人のヒーローインタビューがはじまった。
「野球の店でユニフォームを着たら、プロ野球選手になれる気がしたんじゃ」
そしてこう叫んだ。
「服が人を作る!」
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