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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』84話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。ラングシャックを探し当てたバシャリは円盤に乗って故郷に帰る。

→前回の話(第83話)

→第1話

「では、その二つの光を掛け合わせましょう。幸子、ゆっくりと手を回してください」

「こうかしら」

円を描くように手を回した。すると光は球体へと形を変え、突然大きく瞬いた。光球から、まばゆい光の波があふれる。

「それを円盤のふちに落としてください」
バシャリの指示どおり、円盤の上でそろりと手を離した。ふわふわと球が空中を落下し、円盤に吸い込まれる。

その直後、上部の青白い光が力強く点滅した。電流が走ったかのように円盤全体がびりびりとふるえ、ダイダイ色の光が全体を包んだ。すると円盤がふわっと地面から浮かんだ。

バシャリは円盤のふちを指でつかみ、軽く上下に揺らした。重たいはずの円盤がその動きに同調する。

「大丈夫そうですね。これで飛び立つことができますよ」

そう言い、バシャリはわたしに向きなおると、「そうだ」と腹まきの中をまさぐった。手には、封筒があった。

「私だけお土産をもらうのも悪いですからね。私からの贈り物です」

「一体、何なの?」とわたしが中を確認しようとすると、バシャリがすぐさま止めた。

「おっと、私が立ち去ったあとのお楽しみにしてください」

中身が気になったけれど、しかたなくポケットにしまった。

すると、バシャリがやわらかく微笑んだ。

「ーー幸子、お別れです」


ぐっと胸がしめつけられる。その圧迫感に耐えながらわたしは小さく頷いた。

円盤のふたが開き、バシャリが乗り込んだ。中は、乳白色の霧を塗ったかのような壁で囲まれ、中央にきらきらと輝く椅子が一脚佇んでいる。

そのわきには、大きな銀色の器が置かれ、その上部に地図のようなものが浮かんでいた。

椅子に腰かけると、バシャリはわたしを見つめた。これまでの思い出を、心の奥にある大切な箱にしまうような、そんなまなざしだった。

それから区切りをつけたかのように軽くまぶたを閉じ、そして目を見開いた。

「さようなら」

バシャリが言った。

「さようなら」

わたしが言った。

ふたが、静かに閉じた。円盤はゆっくりと浮上し、ふわっと風が起こった。そのときだ。周囲のさくらの花びらがぱっと舞い散った。

さくら色の海を、円盤が浮かんでいくーー


その神秘的な光景に、わたしは心をうばわれた。

円盤はそのまま高度を上げ、上空のある地点で止まった。そして方角を見定めるように旋回し、再度ある一点でぴたりと静止した。

その直後、流れ星のように飛び去った。

しばらく空を眺めていた。雲の切れ間から月が覗く。円盤の姿はどこにも見当たらなかった。

無事飛び立てたんだーーわたしは、さくらの絨毯を踏みしめながら広場を後にした。
 
とぼとぼと夜道を一人歩く。軒を連ねる家々からはわずかな明かりも見えず、すでに街は深く眠っていた。

ふと、思い出した。

明日はバシャリが朝食を作る当番だった。でも、もういないんだからわたしが作らなきゃ。何か材料があったかしら。

朝食の献立に頭を悩ませていると、ふいに割烹着姿のバシャリが思い浮かんだ。本当におかしな人だったわ。ふふっとわらいがこみあげたが、それはすぐにおさまった。

もう、あの料理も食べられないんだ……

足が、ぴたりと止まった。じわっと目頭が熱くなるのをあわててこらえた。

ダメだわ。気持ちを切り替えなきゃ……

ぶんぶんと首をふり、体中の元気をかき集め、一歩踏み出そうとした。でも、足に力が入らない。

ふと、目がポケットに留まった。そういえばあの封筒の中身は何なのだろう。おもむろに封筒を開けると、あっと声が出そうになった。

それは……一枚の写真だった。


そこには、バシャリとワンピース姿のわたしが写っている。空飛ぶ円盤の観測会で三鳥さんが撮ってくれた写真だ。

わたしは、しばらくそれに見入っていた。無邪気な彼の笑顔以外は何も目に入らなかった。

涙が、ぽとりと落ちた。バシャリの顔が水滴でぼやけた。さらにぼたぼたと涙がこぼれ落ちた。

バシャリが、健吉の命を救ってくれた。バシャリが、お父さんの真実の姿に気づかせてくれた。バシャリが、わたしを洋裁の世界に進ませてくれた。

わたしのすべてを、あの人が変えてくれた。


感謝の気持ちがこみあげる。

二人ならんで歩いた川沿いの道。座って見上げた満天の星。そして、手をつなぎながら歩いた夜道。あの人と一緒に過ごした時間が、いつの間にかかけがえのない宝物になっていた。そして、はたと気づいた。

ああ、そうか……

そうだったんだ……

わたしは、彼に恋をしていたんだ…… 

いつからかあの人と一緒にいるだけで胸が弾んだ。心がそわそわと落ちつかなかった。その理由が、今ようやくわかった。あれが、人を好きになるということだったんだ。

あれが、恋だったんだ。

自分の鈍感さがおかしくなる。口端からふふっと声がこぼれ、さらにじっと写真のバシャリを見つめる。また目頭が熱くなり、涙がひとつこぼれた。

でも……今さらわかってももう遅いわ……

だって、あの人にはもう二度と会えないんですもの……

それが、こんなに悲しいことだなんてーー

わたしは、その場でわっと泣いた。シャツが涙でびしょびしょになり、首元が冷たくなった。でも、そんなことかまわなかった。

街灯が、

心配そうにわたしを照らす。

そのやさしい光の円に包まれ、

わたしは、いつまでも泣き続けた。

→最終回に続く

作者から一言
『むかしむかしの宇宙人』は明日で最終回です。長期間読んでいただいてありがとうございました。
 

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