note連続小説『むかしむかしの宇宙人』84話
「では、その二つの光を掛け合わせましょう。幸子、ゆっくりと手を回してください」
「こうかしら」
円を描くように手を回した。すると光は球体へと形を変え、突然大きく瞬いた。光球から、まばゆい光の波があふれる。
「それを円盤のふちに落としてください」
バシャリの指示どおり、円盤の上でそろりと手を離した。ふわふわと球が空中を落下し、円盤に吸い込まれる。
その直後、上部の青白い光が力強く点滅した。電流が走ったかのように円盤全体がびりびりとふるえ、ダイダイ色の光が全体を包んだ。すると円盤がふわっと地面から浮かんだ。
バシャリは円盤のふちを指でつかみ、軽く上下に揺らした。重たいはずの円盤がその動きに同調する。
「大丈夫そうですね。これで飛び立つことができますよ」
そう言い、バシャリはわたしに向きなおると、「そうだ」と腹まきの中をまさぐった。手には、封筒があった。
「私だけお土産をもらうのも悪いですからね。私からの贈り物です」
「一体、何なの?」とわたしが中を確認しようとすると、バシャリがすぐさま止めた。
「おっと、私が立ち去ったあとのお楽しみにしてください」
中身が気になったけれど、しかたなくポケットにしまった。
すると、バシャリがやわらかく微笑んだ。
「ーー幸子、お別れです」
ぐっと胸がしめつけられる。その圧迫感に耐えながらわたしは小さく頷いた。
円盤のふたが開き、バシャリが乗り込んだ。中は、乳白色の霧を塗ったかのような壁で囲まれ、中央にきらきらと輝く椅子が一脚佇んでいる。
そのわきには、大きな銀色の器が置かれ、その上部に地図のようなものが浮かんでいた。
椅子に腰かけると、バシャリはわたしを見つめた。これまでの思い出を、心の奥にある大切な箱にしまうような、そんなまなざしだった。
それから区切りをつけたかのように軽くまぶたを閉じ、そして目を見開いた。
「さようなら」
バシャリが言った。
「さようなら」
わたしが言った。
ふたが、静かに閉じた。円盤はゆっくりと浮上し、ふわっと風が起こった。そのときだ。周囲のさくらの花びらがぱっと舞い散った。
さくら色の海を、円盤が浮かんでいくーー
その神秘的な光景に、わたしは心をうばわれた。
円盤はそのまま高度を上げ、上空のある地点で止まった。そして方角を見定めるように旋回し、再度ある一点でぴたりと静止した。
その直後、流れ星のように飛び去った。
しばらく空を眺めていた。雲の切れ間から月が覗く。円盤の姿はどこにも見当たらなかった。
無事飛び立てたんだーーわたしは、さくらの絨毯を踏みしめながら広場を後にした。
とぼとぼと夜道を一人歩く。軒を連ねる家々からはわずかな明かりも見えず、すでに街は深く眠っていた。
ふと、思い出した。
明日はバシャリが朝食を作る当番だった。でも、もういないんだからわたしが作らなきゃ。何か材料があったかしら。
朝食の献立に頭を悩ませていると、ふいに割烹着姿のバシャリが思い浮かんだ。本当におかしな人だったわ。ふふっとわらいがこみあげたが、それはすぐにおさまった。
もう、あの料理も食べられないんだ……
足が、ぴたりと止まった。じわっと目頭が熱くなるのをあわててこらえた。
ダメだわ。気持ちを切り替えなきゃ……
ぶんぶんと首をふり、体中の元気をかき集め、一歩踏み出そうとした。でも、足に力が入らない。
ふと、目がポケットに留まった。そういえばあの封筒の中身は何なのだろう。おもむろに封筒を開けると、あっと声が出そうになった。
それは……一枚の写真だった。
そこには、バシャリとワンピース姿のわたしが写っている。空飛ぶ円盤の観測会で三鳥さんが撮ってくれた写真だ。
わたしは、しばらくそれに見入っていた。無邪気な彼の笑顔以外は何も目に入らなかった。
涙が、ぽとりと落ちた。バシャリの顔が水滴でぼやけた。さらにぼたぼたと涙がこぼれ落ちた。
バシャリが、健吉の命を救ってくれた。バシャリが、お父さんの真実の姿に気づかせてくれた。バシャリが、わたしを洋裁の世界に進ませてくれた。
わたしのすべてを、あの人が変えてくれた。
感謝の気持ちがこみあげる。
二人ならんで歩いた川沿いの道。座って見上げた満天の星。そして、手をつなぎながら歩いた夜道。あの人と一緒に過ごした時間が、いつの間にかかけがえのない宝物になっていた。そして、はたと気づいた。
ああ、そうか……
そうだったんだ……
わたしは、彼に恋をしていたんだ……
いつからかあの人と一緒にいるだけで胸が弾んだ。心がそわそわと落ちつかなかった。その理由が、今ようやくわかった。あれが、人を好きになるということだったんだ。
あれが、恋だったんだ。
自分の鈍感さがおかしくなる。口端からふふっと声がこぼれ、さらにじっと写真のバシャリを見つめる。また目頭が熱くなり、涙がひとつこぼれた。
でも……今さらわかってももう遅いわ……
だって、あの人にはもう二度と会えないんですもの……
それが、こんなに悲しいことだなんてーー
わたしは、その場でわっと泣いた。シャツが涙でびしょびしょになり、首元が冷たくなった。でも、そんなことかまわなかった。
街灯が、
心配そうにわたしを照らす。
そのやさしい光の円に包まれ、
わたしは、いつまでも泣き続けた。
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