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秘剣ーたった1分で読める1分小説ー

「ではおぬしに、秘剣『流水』を授ける」

しわがれた師範の声に、はっと六兵衛は平伏した。

六兵衛は幼少の頃よりこの道場で修練を重ね、ついに免許皆伝となった。

秘剣・流水とは、九鬼一刀流の皆伝者のみに伝えられる奥義で、会得したものは負け知らずになると言われていた。

いよいよ流水が我が手中に……六兵衛は緊張と興奮で武者震いをした。

「その前に厠に行ってくる。心身を統一して待っておれ。決して動くな」

師範が重い腰を上げ、よろよろと道場から出て行った。

ところが師範は一向に戻ってこない。厠は道場にはなく、少し距離はあるが、それにしても長い。

決して動くなと命じられたが、一刻が経ち、さすがの六兵衛もしびれを切らしてきた。様子を窺いにいこうとしたところで、はっと気づいた。

流水の正体とは、逃げることではなかろうか……強敵には立ち向かわずに逃げる。さすれば、負けることはない。だから負け知らずの剣なのだ。

なんて深い奥義なのだ。そう六兵衛が感動していると、若い男があわてて入ってきた。

「六兵衛殿、ここにおられましたか」
「なんだ。騒々しい。拙者は今、師範より奥義を伝授され、その素晴らしさに心を震わせておるのだ」

「奥義を? そんなはずは……」
なぜか男の顔面が蒼白になっている。
「どうした?」

「師範は一刻ほど前に厠で亡くなっておりました。六兵衛殿は幽霊に教わったのですか?」

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