見出し画像

夜逃げ屋−たった1分で読める1分小説−

「夜逃げ屋の黒野です」
 満里奈が扉を開けると、黒ずくめの男がいた。黒野というのはおそらく偽名だ。

 夜逃げ屋とは、いろんな事情がある人のために、ひっそりと引っ越しをしてくれる業者のことだ。
 満里奈は夫の暴力から逃げるため、黒野に依頼をした。
 ちょうど夫は今日出張で、家を留守にしていた。

「さあ、急ぎましょう」
 黒野が、テキパキと荷物を片づけ始めた。洗練された動きだ。
 ただ荷物がトラックに運ばれるにつれ、満里奈は心臓がキュッと痛くなり、背中に冷たい汗をかき始めた。

 満里奈の異変に、黒野が気づいた。
「どうされましたか」
「……すみません。やっぱりやめます」
「怖くなられたんですか」
「はい……」
「あなたの配偶者は闇、夜です。その夜から依頼者を逃がすのが、夜逃げ屋です。私を信じてください」
 抑揚のない声だが、そこには鉄のような自信がこめられていた。勇気が、湧いてくる……。

「わかりました。私、逃げます」
 満里奈は心を決めた。

 そして無事に新居に到着した。せめてものお礼にと、満里奈は黒野に缶コーヒーを渡した。
「黒野さん、一つお聞きしても?」
「なんですか?」
「どうして夜逃げ屋の仕事を?」

「私は皮膚の病気で、日中外に出られないんです。
 そこで、夜に働ける仕事がないかと考えて、夜逃げ屋を選びました。昼から逃げる私が、夜に逃げる人を助ける。何か運命だと思ったんです」

 そこで黒野が、太陽のような笑顔を見せた。


いいなと思ったら応援しよう!

浜口倫太郎 作家
よろしければサポートお願いします。コーヒー代に使わせていただき、コーヒーを呑みながら記事を書かせてもらいます。