入ってますか?ーたった1分で読める1分小説ー
「あー、むかつく」
隆弘に正人が電話をかけてきた。二人は幼なじみだ。同じアパートで、部屋は隣同士だ。
「どうしたんだよ」
隆弘が訊くと、正人が不機嫌そうに答えた。
「今腹が痛くなってトイレの扉をノックしたんだよ。で、『入ってますか?』って聞いたら、『入ってます』って言われたんだよ」
「普通のことだろ」
「でもよ、もう十分も待ってるんだぜ。長すぎねえか」
「……中でスマホいじってるな」
隆弘にも経験があるので、そのいらだちは共感できる。スマホのせいで、トイレにこもるやつが増えた。
「だからおまえの家のトイレ貸してくれよ」
「……えっ、ちょっと待て。お前今、家にいるのか」
「そうだよ」
「じゃあトイレって自分の家のトイレのことか? 店のトイレじゃなくて?」
「だからなんだよ」
「おまえバカか! 自分の家のトイレに、赤の他人が入ってるんだぞ。もっと驚けよ!」
やや間があってから、正人がまぬけな声を漏らした。
「……ほんとだ」
「今すぐ警察呼べ!」
そう隆弘が叫ぶと、スマホ越しにキィッと扉が開く音がした。ドタドタと何か格闘するような振動で壁が揺れたあと、正人の絶叫が聞こえた。
スマホを耳にあてたまま、隆弘はハアハアと息を乱した。膝が震えて一歩も動けない。
トントンと隆弘の家の扉がノックされ、隆弘は色を失った。そして底なし沼から響くような、不気味な声が聞こえてきた。
「入ってますか?」
↓7月11日発売です。冴えない文学青年・晴渡時生が、惚れた女性のためにタイムリープをするお話です。各話ごとに文豪の名作をモチーフにしています。惚れてふられる、令和の寅さんシリーズを目指しています。ぜひ読んでみてください。
コイモドリ 時をかける文学恋愛譚
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