note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第20話
バシャリと星野さんが入会申し込みを済ませた。この流れは非常にまずい。すぐさま席を立とうとすると、
「幸子も入会しなさい。これは、地球人の義務ですよ」
と、バシャリが引き止めた。こんな不気味な会に入会するなど絶対に嫌だったが、荒本さんの前で断る勇気が出なかった。やむをえず会員となる。
荒本さんが思い出したように言った。
「そうそう、来週、隣のそば屋の二階で月例会がありますよ。
他の会員も大勢参加するので、みなさんもぜひお立ちよりください。特に、バシャリ君のお話はみんな興味深く聞いてくれると思いますし、幸子さんもぜひ。
若くて美しい女性の参加は、他の男性会員が喜びますので」
「わかりました。幸子と一緒に参加させてもらいます」
バシャリが勝手に即答している。
「はい……伺わせていただきます」と、わたしはうなだれた。
空とぶ円盤研究会を出ると、両肩にどんよりした重みを感じた。
何だかおかしな世界に引き込まれた気がする。まさか入会することになるなんて……
「腹が減ったなあ」
星野さんが唐突に切り出した。
「どうだいみんな、せっかくだから一緒に昼食でも食べようじゃないか」
「おお、素晴らしい提案です」
バシャリは飛び上がるように言った。
「でも……」
わたしは口ごもった。我が家の家計に外食する余裕などあるわけがない。
すると星野さんが、その内心を読んだかのように申し出た。
「もちろん、年長者の僕がごちそうしよう」
「そんな、悪いわ。星野さん」
すぐに断ったけれど、その声を上回る大きさでバシャリがはしゃいだ。
「やりました。これが奢りというやつですね。奢りで頂く食事ほど旨いものはないと聞きました。ぜひ、体験したいものです」
もうっ、この人には遠慮というものがないの!?
鋭くにらみつけたが、バシャリは健吉と一緒に飛びはねている。しかたなく星野さんの提案を受け入れることにした。
星野さんが案内してくれたのは、戸越銀座駅にほど近い洋食屋だった。
白い外壁が、わたしたちを迎える。さほど大きくないが、清潔感のある小綺麗なお店だった。星野さんが扉を押すとなめらかに開いた。
店内には白いクロスがかけられたテーブルが数席あるだけだった。店員が、一番奥の席に案内してくれた。
彼が椅子をひくと同時に、星野さんは腰を下ろした。とても自然なふるまいだった。
「星野さん、このお店にはよくいらっしゃるの?」
「ああ、子供のころからの常連だよ」
と、星野さんはメニューを広げる。
「ここは小さい店だけど味が良くてね。特にビーフカツはおすすめだ。さあ、みんな何を頼もうか?」
もちろん、バシャリとわたしはビーフカツだ。健吉はハンバーグを頼んだ。
しばらくすると机の上に黄金色のビーフカツが並んだ。揚げたてのカツの香ばしさが皿に充満している。
衣が外にピンとはね、新鮮な魚のように飛びはねそうだ。
早速、バシャリがカツを口に放り込み、
「旨い! これは絶品ですよ。ほらっ、幸子も食べなさい」
と、歓喜のおたけびをあげた。カツを口に入れる寸前だったわたしは口をとがらせた。
「もうっ、うるさいわね。あなたが言わないでよ」
一旦姿勢を正してから、カツをかみしめる。サクッという衣の音とともに肉汁が口の中にあふれた。
星野さんが訊いた。「どうだい? 幸子ちゃん」
「本当においしいですわ」
くぅっとうなるほどのおいしさだ。こんなにおいしいビーフカツを食べたのははじめてだ。バシャリがそれに続いた。
「まさか地球にこれほどの逸品が存在するとは驚きですよ」
「気に入ってもらえたなら良かったよ」
星野さんは器用にナイフとフォークを操っている。そのなめらかな動きについ見とれた。
この人、とても育ちがいいんだわ。そんな推測をしながら残りのカツを平らげた。
料理を満喫したあとは、食後のコーヒーを味わった。健吉はオレンジジュースを上手に啜っている。星野さんがおもむろに尋ねた。
「バシャリはどうして空とぶ円盤研究会に入会したんだい?」
「あっ!」
と、バシャリは声をあげた。
「ラングシャックのことを忘れていました」
「ラングシャック?」星野さんが訊き返す。
自分が地球に飛来した経緯を、バシャリは星野さんに伝えた。荒唐無稽な話だが、星野さんは面白そうに聞いている。
話が終わると、うーんとうなった。
「君のところの文明は地球とはかなり違うようだなあ」
「はい。地球は科学を基盤とした文明ですから。
ただラングシャックを形成する物体は文明の違いに左右されません。
どの星にも必ず存在します
」
バシャリは断言した。
そういえば前にも言っていたけれど、なぜそう言い切れるのだろう、とわずかに疑問を抱いていると、星野さんはまとめるように言った。
「とにかく器の形状をしたものだろう? 僕もさがしてみよう」
まさか、星野さんまでバシャリの嘘を信じたんじゃないかしら……ちょっとだけ心配になった。
これ以上バシャリの被害者を増やしたくない。しかし、そのおだやかな表情からは、本心を読みとることはできなかった。
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