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モテる秘訣−たった1分で読める1分小説−

 ここは現代でも江戸情緒が残った下町。
「ご隠居、どうすりゃおいらモテるんですかい?」
 八兵衛が、定年退職した老人に尋ねた。あだ名はご隠居だ。

「女神の看板の茶店で、リンゴの欠けたパソコンでカタカタやってるとモテるそうだぞ」
「なんでえそりゃ。暗号かい?」
「うるせえ。とにかく女神の店を探しやがれ」
 よくわからないが、八兵衛はその指示に従った。

 パソコンは家にあった。祖母が使っていた、古くて重いパソコンだ。
 エッチラオッチラそれを抱えて都会を歩く。あまりの重さに疲れてきたが、そこで顔をひきしめる。
 男は力強くねえとモテねえからな。女の子達はそれを見てやがる。

 すると駅前に、女神の看板の茶店があった。パソコンを抱えて中に入る。
 舌を嚙みそうになるメニューから注文して席に座った。

 ドンとパソコンをテーブルに置いて、カタカタとキーボードを打つ。だが女性達は、不気味そうに八郎を眺めるだけだ。
 おかしいな……そうか、忘れてた。八兵衛は豪快にリンゴを丸かじりし、テーブルの上に置いた。

 ご隠居はリンゴが欠けたパソコンと言っていたが、あのじいさんもうろくしてるからな。これが正解。

「あの……」
 女性が声をかけてきた。凄い効き目だと、八兵衛は胸を弾ませた。ご隠居、ありがてえ。

 八兵衛はすまし顔で応じた。
「なんですか?」
 女性が迷惑そうに眉を寄せた。

「あなたの前歯が、私のテーブルに飛んできたんですけど……」


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浜口倫太郎 作家
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