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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第80話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。バシャリと幸子はラングシャックを探すため高尾山に向かう。

→前回の話(第79話)

→第1話

バシャリが続ける。

「髪形が二カ所鋭角な少年の効果は絶大でした。やはりあれに惹かれて降りてくれたのです。

ただ残念なことに彼らはキチャナリ銀河の星人ではありませんでした。マセレロマロマロ星人だったのですよ

「でもあの絵に興味を示したんでしょ」

「まあ、そうなんですけどね。やはり宇宙は広大です。彼らはキチャナリ銀河の星人とそっくりでした。

円盤の外観から彼らの姿形、さらには趣味嗜向まで何もかもが瓜二つでしたよ。彼らと同じなまこ型の星人でしたし

「なまこ?」

「あれっ? 言ってませんでしたか? キチャナリ銀河の星人は地球のなまこと外見がそっくりです。

大きさは三メートルほどありますけどね。彼らは変身能力を持っているのですが、なぜか人型に変身することを極端に嫌がるのです。

彼らが宇宙連邦に加盟できないのもそれが一因なのですよ」

「じゃあ、さっきの円盤の宇宙人はなまこだったの……?」

「はい。幸子もせっかく他星人と遭遇できたのに。

荒本なら泣いて喜ぶところですよ。どうして姿を消したのですか?」

出会わなくて良かった、と心底思った。体長三メートルのなまこを直視したなら、確実に卒倒していた。

「ただ、彼らは感情文明圏だったのですが、さほど文明が進化した惑星ではなかったようです。

だから永久ラングシャックは持っていなかったのです……」

ラングシャックという言葉にわたしはハッとした。

「そうだわ。さっきそのラングシャックらしきものを見つけたの」

「本当ですか?」バシャリは飛び上がった。「どこです。どこにあるのですか?」

「たぶんこのあたりに転がっていると思うんだけど」

見回したけれど、あまりの暗さに足元すらわからない。バシャリはもう一度、お猪口を明るくした。

釜は、ほんの目と鼻の先に落ちていた。

「それよ、それ!」と思わず叫んだ。

「これですか?」とバシャリは拾い上げると、指でなぞった。固唾を吞んで訊いた。

「ーーどうかしら」

バシャリは、じとっとした目でわたしを見た。

「幸子……これはただの釜ですよ」

「ただの釜……」

一体、あの苦労はなんだったの……怪我までしたのに……自分のまぬけさにがっくりきた。バシャリが釜を元の場所に戻した。

「おいしいご飯は炊けますが、円盤を動かすことはできません」

と呆然と空を見上げたまま、失望の息を吐いた。

「結局、見つかりませんでした……」わずかな希望が消えてなくなった。バシャリは、この登山にすべてを賭けていたんだろう。うつろな表情からその無念さが痛いほど伝わる。

「……私はもう二度と故郷には帰れないようです」

 ちらちらと何度かその横顔を盗み見た。言おうかどうか迷っていたけれど心を固めた。

バシャリに気づかれないように一度深く息を吐き、おずおずと提案した。

「ーー帰れないのなら、ずっと地球にいればいいじゃない」

バシャリは、きょとんとした顔をわたしに向けた。すべての唾液が蒸発したかのように口の中がからからに渇き、全身が緊張で固まった。

ほんのわずかな時間にもかかわらず、その一瞬が耐えられないほど長く感じられた。

やがてバシャリは再び空を見上げ、星空に語りかけるように言った。

「そうですね……それもいいかもしれません」

その言葉がじんわりと胸に染み込んでいく。どこかに嬉しさをあらわしたくて、足の指を曲げたり伸ばしたりしてみた。

その喜びをおくびにも出さないように、わざとぶっきらぼうな口調で言った。

「もうお金の心配はいらないから、下宿代はまけておいてあげるわ」

バシャリは苦笑した。「助かります」

顔がにやけるのを必死でこらえていると、バシャリが立ち上がり、尻の土を払った。

「さあ、そろそろ行きましょう」

「ええ、そうね」

二人で駅に向かった。相変わらず冷たい風が吹きつける。でも、ちっとも寒くなかった。

知らない間に足どりが弾んでしまう。バシャリがいじけたように言った。

「……幸子、ずいぶんとご機嫌ですね」

「そっ、そんなことないわよ」

あわててとりつくろったけれど、口角が勝手に上がる。

「なら、いいですけど……」と言いながらも、バシャリが疑惑のまなざしを注いでくるので、そっぽを向いた。

そのとき右足がズキンと痛み、「痛っ!」とくずおれた。

「おっと大丈夫ですか。まだ完治していないのですから無理をしてはいけませんよ」

バシャリが気づかってくれた。

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」そう返事をする直前で口をつぐんだ。

「ねえ……」

「なんですか? 幸子」

呼吸を上手く整え、迷いが来ないうちに言い切る。

「ーーまだ足が痛いみたいなの。手をつないでくれないかしら……」

心臓が破裂しそうなほど騒ぎたて、手足の感覚もなくなる。バシャリがわずかにとまどいの表情を見せたので、今の発言をとり消したい衝動に駆られたけれど、バシャリはすぐにパッと顔を輝かせた。

「えっ、いいんですか?」

とても正視できずに、こくんと頷いた。バシャリが警戒した口調で訊いた。

「……でも、以前みたいにどなりませんか?」

「どっ、どなるわけないわ」

「じゃあ安心です。いやあ幸子が手をつないでくれるとは思いませんでした。まさに、怪我の功名というやつでしょうか」

バシャリが、無造作にわたしの手を握った。ぎゃっと叫びたい衝動を、ありったけの力でこらえる。

あまりの緊張で全身が押しつぶされそうだ。でも、手のぬくもりが伝わるにつれ、心が温かく満たされていく。

とても大きな手……

そっと目を閉じ、ちょっとだけ手に力を込める。そうすると、地面を踏みしめる足の感触がなくなり、まるで空を歩くような心地良さに浸れた。そして、わかった。

手をつなぐことで恋人たちは心をつなげているんだ、と。

すると、バシャリが手の力をゆるめたり、強めたりという動作を何度もくり返した。

一体、何事かと目を開けてそろそろと見上げた。バシャリは呆然とした面もちで前を見据えていた。

その視線の先を追うと、巨大な木が目に入った。たしかに大きな木だけれど、そこまで驚嘆するものとは思えなかった。

「幸子……」バシャリがぽつんと言った。

「どうかしたの?」

「見つかりました」

「……何が?」

「ラングシャックです」


樹々のざわめきが止み、あたりから一切の音が消える。バシャリはふっと微笑んだ。

「私は、故郷に帰ります」


その一言が、山に沈んでいった。

第81話に続く

作者から一言
とうとうバシャリは地球のラングシャックを発見したようです。いよいよラストパートです。もう少しだけお付き合いください。

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浜口倫太郎 作家
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