note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第76話
「本当かい?」と、荒本さんが興奮した。
「間違いありません。ただ、あまりに微量なのでラングシャックかどうか判断がつきませんが、同じ感情文明の円盤が出現したということを考えると、その円盤が永久ラングシャックを持っている可能性も考えられます。
荒本、紙とペンはありますか?」
荒本さんが机の筆記具を渡すと、バシャリはなにやら文字らしきものを書きはじめた。日本語でも英語でもなく、それが文字なのか絵なのかもわからなかった。
ただどことなく、計算式に見えた。口元で呪文のような言葉をつぶやきながらペンを走らせる。
あまりに緊迫した面もちに、わたしも荒本さんも息をひそめて見守った。しばらくその状態が続いたあと、バシャリがおもむろに問いかけた。
「……荒本、そういえば以前、高尾山で空飛ぶ円盤の目撃情報がありましたね。たしか三機編隊じゃなかったですか?」
「ええっ、ああ、確かにそうです」急な問いかけに、荒本さんは少々まごついた。
「ーーわかりました。荒本ありがとうございます。大変貴重な情報でしたよ」
「それは良かった」と、荒本さんは目を細めた。
書店を出ると、わたしの存在を忘れたかのように、バシャリは黙々と歩き続けた。一体、どうしたのかしら、と足を速めて追いつくやいなや、バシャリが急にふりむいた。
どうにか寸前で回避できたけれど、あとちょっとで正面からぶつかるところだった。心臓がばくばくと音をたてる。
「急に振り向かないでよ。びっくりするじゃない!」
「幸子……来週の日曜日、一緒に行きたいところがあります」
その抑揚のない口調で冷静になれた。
わたしはおずおずと訊いた。「どこに行きたいの?」
「高尾山です」
約束の日曜日。
マフラーを二重に巻き、コートの襟をたてた。空は夕暮れに染まり、太陽は山向こうに沈みかけている。
あと少しで夜が訪れる時刻だ。バシャリはコートの上から大きなリュックを背負っていた。
「ねえ、本当にこんな時間から山に登るの?」
「当然ですよ。空飛ぶ円盤は夜に飛来するのが常識でしょう」
「まあ、そうかもしれないけれど……」
ため息混じりにケーブルカーを見上げる。駅の周辺にはひとっこ一人見当たらない。冷気がふき飛ばしたように閑散としていた。
荒本さんに話を聞いてから、バシャリは妙に興奮していた。なにやらぶつぶつつぶやいていたかと思うと突然鉛筆を握りしめ、あの意味不明な計算をはじめた。
何かに取り憑かれたようで、どことなく気味が悪かった。
「ラングシャックは本当に高尾山にあるの?」
「わかりません。ひょっとすると山の中で発見できるかもしれませんが、可能性は低いでしょうね」
「じゃあ一体、何をしに行くわけ?」
「簡単ですよ。空飛ぶ円盤を呼ぶのですよ」
「呼ぶ?」思わず訊き返した。
「はい。実際に空飛ぶ円盤を呼び寄せるのです」
「そんなことができるの?」
「まあ確実とは言えませんが……」バシャリは頼りなさそうに言った。「荒本が三機編成の円盤だったと言っていたでしょう」
「ええ、言ってたわ」と、わたしは頷いた。
「三機編成はキチャナリ銀河の星人が好んで用いる編成です。彼らも我々と同じく感情文明の星人ですが、さほど能力は高くありません。
そこで彼らは、円盤を三角形になるように配置し、その三角形の力を利用して空間を移動する力を高めるのですよ」
「三角形の力?」と、指で三角形を描いた。
「そうです。その三角形です。三角というのは感情の能力を高めることができます。地球にもあるでしょう。あのエジプトのピラミッドはまさにそうですね」
「そうなの……?」
どうも信用できないけれど、疑問をはさむのは止めておいた。
「そしてあの金属箔ーーあれは、キチャナリ銀河の永久ラングシャックに用いる素材に酷似しています。
だから彼らに頼んで、ラングシャックを借用させてもらうのですよ。まあ苦肉の策ですが、非常の際です。しかたがありませんね」
バシャリがそう言い終えた直後にケーブルカーは停車した。駅を出ると、肌寒さをおぼえた。
やはり山頂に近づくと寒さが増すようだ。わたしはマフラーを巻きなおし、バシャリは腹まきをたくしあげた。
二人で山道を歩きはじめたころには日は暮れ落ち、あたりは暗闇で包まれていた。自分の手元すら把握できず、わたしは悲鳴をあげた。
「これじゃあ、危なくて歩けないわ」
バシャリがのんびりと言った。
「幸子、懐中電灯は持っていませんか?」
「そんな高いもの、持ってるわけないでしょ!」
さっきよりも一回り大きな声がこだました。
「やはり金銭に関することには幸子は敏感に反応しますね」
「馬鹿なことを言ってないで、どうするの? これじゃあ前に進めないわ」
「ちゃんと考えてますよ。少々お待ちください」
バシャリの手の中で何かが突然光った。急に明るくなったので目がくらんだ。
ゆっくりまぶたを上げると光の球体が空中に浮かび、それが周囲を照らしていた。バシャリはお猪口を手にしていた。
「光量収集皮膜容器ですよ」
と、愉快そうに光球を見上げる。
「一体、何をしたの?」
「簡単ですよ。明るくしたいという願いをこのお猪口に集めました」
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