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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第63話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。幸子が銀行で仕事をしていると、バシャリがあらわれる。

→前回の話(第62話)

→第1話

「幸子、私の星では子供が悪さをしたときに与える罰があります。お見せしましょう」

と、バシャリは課長につめ寄ると、中指と親指で輪を作り、課長のひたいに近づけた。

一体、何をされるのかとおびえた課長は腰をひかせていた。強気な仮面が外れ、臆病な表情があらわになる。

「いきますよ」

バシャリが中指を弾いた。バシッと空気を引きさく音が轟いた。その直後、課長は後方にふっ飛び、壁に激しくぶつかった。

その横の窓ガラスがふるえる音が響き、眼鏡がカツンとわたしの足元に転がった。課長はあおむけに倒れている。

「デコピンですよ。デコピン」

バシャリは、得意げに指を素ぶりした。誰も声ひとつ出せない。宇宙人を名乗る男が上司をふき飛ばしたーー突然の事態に、全員が色を失った。

「関根課長!」

ようやく係長が叫んだ。その金切り声が、みんなの意識を呼び覚ましたようだ。

男性行員たちがあたふたと課長を介抱する。課長はぴくりとも動かず、完全に失神していた。

ひたいには指の跡があった。判子を押したような、くっきりとした跡だった。

わたしも、やっと今の状況が把握できた。もう逃げる他なかった。

「出ましょう」

と、バシャリを外に連れ出し、建物の裏側に回った。人影がないのを確認すると、膝から力がぬけ落ち、へなへなとその場にうずくまった。

身内が直属の上司に危害を加えたのだ。こんなこと前代未聞だ。一体、わたしはどうなるんだろう? 

バシャリは不思議そうにわたしの顔を覗き込んだ。

「幸子どうかしましたか? 顔色がすぐれないようですが、お腹でも痛いのですか?」

「あなたね……」

と、説教が飛び出る寸前で口をつぐんだ。

「……何でもないわ。ありがとう」

バシャリは悪くないわ。この人がやらなかったらわたしがひっぱたいてたもの。そう考えなおしたからだ。すると、バシャリが頭をかきながら言った。

「ちょっと力加減を間違えました。幸子の上司がふっ飛んでしまいましたね。おでこもまっ赤でした

そのとぼけた口調が妙におかしかった。さっきの光景を思い浮かべる。いつも横柄な関根課長が、大型トラックに衝突したかのようにふき飛んだ。

わらいをこらえるために顔をふせたけれど、無意識のうちに肩がふるえる。泣いていると勘違いしたのか、バシャリが心配そうに訊いた。

「幸子、大丈夫ですか? 私何かおかしな発言をしましたか?」

もう我慢できない……

こらえていたおかしさを一息に吐き出した。大口を開けてひいひいとわらった。

あまりの面白さに自然と涙まで出てくる。勤めはじめてからたまったすべての鬱憤が、流れていく。そんな気がした。

「どうしましたか、幸子」と、突如わらい転げるわたしの対応に困ったのか、バシャリはおろおろした。

ゆっくりと深呼吸をくり返し、やっと落ちついた。「ああ、おかしかったわ」と、涙をぬぐってから訊いた。

「あの技の名前、何だったかしら?」

「デコピンですよ。デコピン」と、バシャリは指を弾いた。

「ちょっとしゃがんでくれないかしら」

「いいですよ」

バシャリが腰をかがめると、わたしは強烈なデコピンをお見舞いした。

「痛っ!」と、バシャリは叫び、抗議の声をあげた。「ちょっと幸子、何するんですか。なぜ善良な宇宙人であるこの私が、罰を受けなきゃならないんですか

「ごめんなさい。ちょっとやってみたかったの」

ふふっと微笑み、ぐっと背筋を伸ばした。

雲ひとつない東京の青空が、わたしたちを見下ろしていた。

13

バシャリの一件の翌日、わたしは銀行を辞職した。

あんな事件を起こして働き続けるのは、到底不可能だった。関根課長に退職届を手渡すと、一切引き止められることなく、すぐ机にしまわれた。こうしてわたしは無職になった。

不幸中の幸いだったのは、西園さんが辞めさせられなかったことだ。あの事件をきっかけに労働組合が女子行員の待遇改善を訴えだし、課長もそれにしぶしぶ従った。

そのおかげで西園さんは妊娠しながらも当面働けることになった。

あれから一ヶ月経った。

新しい就職先は一向に見つからなかった。事務職の求人はなく、電話交換手、バスガイド、工場の作業員、といろいろさがしたけれど、どれも給与が低い上に待遇も良くない。

心配になり、財布を開ける。まだ多少の余裕はあるが、一刻も早く新しい職をさがさないとすぐに底をつきそうだ。

お父さんが、家にお金を入れてくれたら……

薄暗い気持ちをひきずったまま、とぼとぼと帰路についた。

「ただいま……」

「お帰りなさい」バシャリが出迎えてくれる。だが、すぐに首をひねった。「あれっ、いつもより早くないですか?」

わたしは咄嗟に口をにごした。

「うん、ちょっとね。お偉いさんたちが会議らしくて早く帰れたの」

「それは良かったです。ねえ、健吉」

バシャリの隣にいた健吉が、しっかりと頷いた。これからは帰宅時間には注意しないと、と気を引きしめた。

銀行を辞めたことは、みんなには秘密だった。余計な心配をかけたくない。新しい就職先が決まってから打ち明けるつもりだった。

一息ついていると、「あっ」と、バシャリが声をあげた。

「そういえば、幸子にご報告したいことがあるのですよ」

「何なの?」

「はい。以前、周一からカメラを借りましたよね」

「ええ」

空飛ぶ円盤の観測会で使ったカメラだ。

「あのときの写真を熊に頼んで現像してもらったのですよ」

たしかに熊谷のおじさんはカメラが趣味で、自宅に暗室がある。

「フィルムにこんな写真が残っていたのです」

胸ポケットから写真をとりだすと、バシャリはわたしに手渡した。

写真には、二人の女性が仲良くならんでいた。一人はよく知っている人物、お母さんだ。

白いブラウスを着たお母さんが満面の笑みを浮かべている。この服には見覚えがある。たぶん三年ほど前の写真だ。

けれどもう一人の女性に見覚えはない。スカートの前で手を組み、はにかんでいる。お母さんよりもほんの少し若くて、とても綺麗な人だ。でもその美しさにはどこかポキンと折れそうなはかなさを感じる。

一体、誰だろう。

第64話に続く

作者から一言
バシャリのせいで幸子は銀行をクビになってしまいました。
ただストーリー上のキャラというのは読者の気持ちを代弁する役割があるので、ムカつく悪者をやっつけるというのは爽快な気分を味わえるためありなんですよね。
幸子もスカッとしたのは間違いないです。無職にはなりましたが。

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