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ベビーカー−たった1分で読める1分小説−

「どうぞ」
 礼子は微笑と共に扉を開けた。カフェを出ようとすると、ちょうどベビーカーを押した女性が入ってきたのだ。
 礼子にも赤ちゃんがいるので親近感が湧く。

「ありがとうございます」
 そう女性が会釈をすると、礼子の表情が一変した。
「あの、何か?」
 女性が怪訝そうに尋ねると、「いえ、なんでもありません」と礼子はそそくさと立ち去った。

 帰宅すると、礼子は夫に先ほどの話をした。
「でね、そのベビーカーに人間の赤ちゃんじゃなくて、赤ちゃんの人形を載せてたの」
 礼子がぞっとすると、夫も青ざめた。
「たぶんあの人、お子さんを亡くされて気が変になったのよ。気の毒だけど、前を向いて立ち直らないと」

「……ちょっと久信を連れて、公園に散歩に行ってくるよ」
 久信とは、二人の子供だ。
「うん、ありがと」
 礼子が笑顔になった。

 だが夫が抱っこひもをして訪れたのは、心療内科だった。
 医師が夫に尋ねる。
「どうですか、奥様のご様子は?」
「実は……」
 家での会話を医師に伝えると、医師は浮かない顔をした。

「お子様を亡くされたショックで、他人の子供が人形に見えるようになられてますね」
「やっぱり……」
 久信は、不幸にも突然死してしまった。礼子は、それがきっかけでおかしくなった。

 医師が、夫の抱っこひもの中を覗いた。
「まだそれを久信君だと思い込んでいるんですね」
「ええ……」

 夫の胸には、亡き久信そっくりの赤ちゃんの人形があった。


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浜口倫太郎 作家
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