ラッパーの努力ーたった1分で読める1分小説ー
「神様、俺どうしても優勝したいんです」
男はラッパーだった。今度大規模なラップバトルの大会があるのだ。
神様が低い声を発した。
「おまえは十分実力はあるではないか」
「ええ、ライムもフローも自信があります。でもディスり合いだけは……」
ディスり合いとは、要するに悪口の言い合いだ。男は悪口も巧みだったが、問題はディフェンスだ。
相手に罵られると、心に大きなダメージを負ってしまう。それが唯一の弱点だった。
「なるほど。ディスられる際の防御力が欲しいのだな」
そこで神様が杖をふると、男は目を丸くした。そこに自分とそっくりの男があらわれたからだ。
「自分だったら一番言われたくない部分を理解している。こいつをラップの練習相手にすれば、おまえの心は鉄のように硬くなる」
「それは名案ですね。ありがとうございます」
男は自分を相手に、猛特訓を重ねた。
さすが自分だけあって、急所を容赦なくえぐってくる。何度も心が折れそうになったが、優勝するためだと気合を入れなおし、男は練習に励んだ。
その結果、男は見事優勝した。
自分のディスに比べれば、相手のディスなど涼風のようなものだった。
その数日後、男の友人たちがひそひそと話していた。
「なんであいつ引きこもりになったんだ。優勝したのによお」
「なんか暗い顔してぶつぶつ言ってたぜ」
「なんて?」
「自分で自分のことが死ぬほど嫌いになったって」
↓7月11日発売です。冴えない文学青年・晴渡時生が、惚れた女性のためにタイムリープをするお話です。各話ごとに文豪の名作をモチーフにしています。惚れてふられる、令和の寅さんシリーズを目指しています。ぜひ読んでみてください。
コイモドリ 時をかける文学恋愛譚
よろしければサポートお願いします。コーヒー代に使わせていただき、コーヒーを呑みながら記事を書かせてもらいます。