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ブレンド珈琲−たった1分で読める1分小説−

裕也がコーヒーを啜り、絶賛の声を上げる。
「これ、最高のコーヒーです」
「ありがとうございます」

 喫茶店のマスターが口角を上げ、ヒゲが動いた。
「さすが日本有数の焙煎士ですね」
 焙煎とは、コーヒーの生豆を炒る加熱作業のことだ。マスターは焙煎の大会で、何度も優勝している。

「最高級の豆を一粒一粒選別してブレンドしたコーヒーです」
「最高級? それにしてはコーヒーの値段が安すぎませんか」
「私は副業で稼いでいますので」
「副業? なんですか」

 マスターが慎重に尋ねた。
「お客様、少しお目汚しになるものを見せたいのですが大丈夫ですか?」
「はい。平気です」

 マスターが透明な瓶を取り出した。中にはコーヒー豆が入っていた。
「変わった豆ですね」
「いえ、これはゴキブリの卵です」
「ゴキブリですか……」
 裕也が顔をしかめた。

「この通り、ゴキブリの卵とコーヒー豆は似ています。そこでゴキブリの卵をコーヒー豆のように厳選して、ゴキブリを育てます。そうすれば実に屈強なゴキブリになります」
「……迷惑極まりないですね」

「ただ殺虫剤のメーカーには重宝されます。このゴキブリを駆除できる殺虫剤ならば、たいていのゴキブリに効き目があるので」
「なるほど。そのゴキブリを売っているのですね」
「はい」

 マスターは微笑んだが、急にサッと青ざめた。
「どうされたんですか?」
「……お客様、申し訳ありません。

ゴキブリの卵をブレンドしてしまいました」


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浜口倫太郎 作家
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