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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第78話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。バシャリと幸子はラングシャックを探すため高尾山に向かう。

→前回の話(第77話)

→第1話

バシャリが続けた。

「荒本との会話でそのことを思い出したのです。それは、つい先日発売された雑誌です。

ムチャチャナ星からの飛行時間を計算すると、今晩彼らが来訪する可能性が高いのです。

ですからこの広場に髪形が二カ所鋭角な少年の絵を描いて、彼らに合図を送るのですよ。

真の愛読者ならば、必ず興味を惹かれ、ここに降り立ちます」

そう断言すると、バシャリはわたしをうながした。

「さあ、幸子、髪形が二カ所鋭角な少年の絵を描いてください」

「わたしが? どうして?」

「だって幸子は絵が上手じゃないですか。

本来ならば、健吉に描いてもらいたかったのですが、さすがに子供に夜道の登山をさせるわけにはいきませんから。

さあ幸子、筒を地面に向けてください」

しぶしぶその指示どおりに筒を向けると、ぱあっと光線が飛び出た。まるで、光の筆で絵を描くような感じだ。

「まずは、そこに目を描いてください」

雑誌を片手に絵を描きはじめる。けれど描く面積が大きすぎて全体が上手く把握できない。

さらに間違った線を消すのに、フライパンー光線消去皮膜容器ーを使う必要があるのでかなり面倒だ。

描いては消して、描いては消してという作業を何度もくり返した。首と腰が悲鳴をあげ、ひたいに汗がにじみはじめたころ、ようやくバシャリが終了の合図を出した。

「よしっ、これでいいでしょう」

疲れからその場にへたり込むと、バシャリが不満そうに言った。

「……髪形の鋭角さが少し足りない気がしますが我慢しましょう」

一瞬殺意が芽生えたけれど、もう口を開けるのも面倒だ。バシャリはおもむろにコートを脱ぎ捨てると、手のひらを空にかざした。

「それは何をしてるの?」

「円盤を呼ぶための祈りを捧げています。地球人では効果はありませんが、私ならば多少影響するかもしれません」

わたしは息を整えながらその様子を見守った。何度か空を見上げる。円盤の気配はなかった。

ふいに尿意を覚える。道の途中に便所があったけれど、夜道が怖かった。でも、バシャリは呼びたくない。

お便所について来てなんて恥ずかしくてとても言えそうにないし、円盤を呼ぶ邪魔をするのも気がひける。

わたしは光の筒を持つとそっと立ち上がり、茂みの方へ下りていった。

用を足し終えて、さあ、早く戻らなくちゃ、と踵を返したそのときだった。すさまじい突風にあおられ、周りの樹々がざわめいた。

あまりの冷たさに体の芯からこごえる。筒を一旦地面に置いて、マフラーを巻きなおした。

そして筒を拾おうとかがみ込むと、光がさしている方角で何かがきらめいた。

釜だった。何だつまらない、と引き返そうとしたが、なぜか心にひっかかる。

拾って帰ろうと距離を詰めると、体全体に電気が走ったみたいにびくっとした。

釜の向こう側に段差があったからだ。首を伸ばして覗き込むと、高さ二メートルほどの崖になっている。

腰をひかせながら木の枝を使って釜を手元に引きよせ、丹念に調べた。かなりの年季の入った釜だが、妙に光沢がある。荒本さんの金属箔が頭をよぎった。

もしかしてーーこれがラングシャックじゃないかしら……


見れば見るほど、あの金属箔の色合いとどこか似ている。それにこんな山中に釜があるのは不自然だ。

バシャリに見せてみよう、と立ち上がりかけた矢先に、予期しない考えが頭をもたげた。

もしこれが本当のラングシャックなら、バシャリは帰ってしまう……

胸の奥がざわつき、錐で突かれたような痛みが心臓に走った。みんなで囲むにぎやかな食卓に、割烹着姿で料理をする大きな背中。

わたしを出迎えるときに大きく手をふってくれるあの笑顔ーーあの人がいない暮らしを考えることが、なぜか無性に怖かった。

わたしは慎重に釜を戻し、振り向きもせず一目散に元の道を駆けぬけた。はあはあと息をわざと乱すことで、罪の意識を麻痺させる。

できるだけ考えることをやめたかった。けれど次第に走るのをやめ、歩きはじめた。やがて、足がぴたりと止まる。

バシャリの寂しそうな横顔が頭をかすめる……

わたしはぐっと力を込め、体を反転させた。なぜ、バシャリに戻って欲しくないなんて考えたんだろう。

あの人、あんなに帰りたがってるのに……そう反省しながら再び駆け戻ると、釜は変わらず元の位置にあった。良かった。なくなってなかった、と一安心して釜に手をかけたーー

ずしゃっと靴底がすべった。くるんと暗闇に包まれる。足元の地面が消えた直後、背中にものすごい衝撃を受けた。一瞬、何が起きたかわからなかった。いつの間にか地面に伏せている。

まだ頭が上手く動かなかったけれど、状況を確認するためにあたりをまさぐる。右手が岩にふれた。どうやら釜の地点から崖下に落ちたようだ。

立ち上がろうと右足に力を込めた途端、激痛が走った。痛む箇所が熱を帯びている。折れてはいないが、落下の瞬間に足をひねったみたいだ。起き上がろうともがけばもがくほど、ズキズキと足が痛んだ。

あきらめて全身の力を抜くと同時に悪寒に襲われる。これ以上体温を下げないように、体をぎゅっと抱え込んだ。

第79話に続く


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浜口倫太郎 作家
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