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趣味のいい女性−たった1分で読める1分小説−

「最悪……やっぱり田舎だな」
 トモヤはバス停の時刻表を見て、うんざりした。あと二時間も待たなければバスは来ない。

 仕方なく待合所に入って、トモヤは息を飲んだ。
 ベンチに美しい女性が座っていたからだ。絹のような黒髪に純白のワンピース。その肌は、新雪のように白かった。

 トモヤがドキドキしていると、彼女が文庫本を広げていた。
「夏目漱石ですか」
 思わず声をかけると、彼女が頬をゆるめた。
「ええ。愛読しています」
 漱石が好きだなんて、趣味がいい女性だ。

「ぼくも漱石が好きなんですよ」
 トモヤは文学部出身で読書家だが、彼女の本の趣味は素晴らしかった。
 さらには映画や絵画の話で盛り上がる。どれも趣味がいい。

 ふと彼女の隣を見ると、楽器のケースがあった。
「何か楽器を?」
「私趣味でバイオリンを弾いてるんです」
 音楽の趣味までいいのか。まさか田舎でこんな人に出会えるなんて……。

「あっ、あの」
 トモヤが連絡先を聞こうとすると、大きなクラクションが鳴った。
 下品で派手な車から、強面の男が降りてきた。腕にも首にも顔にもタトゥーが入っている。

 彼がこちらをにらみ、トモヤは足が震えた。怖すぎる……。
「おう、ミサト。迎えに来たぞ」
 彼がニカッと笑い、歯がギラギラと光った。前歯がすべて金だ。
「あなた」
 彼女が嬉しそうにかけ寄り、抱きついた。そして車は走り去っていった。
 トモヤがぽつりといった。

「男の趣味、悪っ……」


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浜口倫太郎 作家
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