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震え−たった1分で読める1分小説−

 磯村はベンチに座って震えていた。
 彼はプロゴルファーで、今日は優勝がかかった大事な日だった。

「ずいぶん緊張されてますな」
 老人が話しかけてきた。ゴルフ場の支配人だ。
「ええ……大きな大会ほどこうなっちゃうんです」
 磯村が手をみせると、小刻みに震えていた。

「相手を意識せず、自分の心とだけ向き合いなさい。そうすれば緊張は消えますよ」
「ありがとうございます」
 磯村は礼を述べた。

 支配人の助言のおかげで、その日は手の震えが一切なかった。
 そして最終ホール、磯村はグリーンに乗せたが、距離がかなりある。この一打を沈めれば優勝だが、外せば優勝を逃す……。

 手が震え始めた。クソッ、こんな時に……あせりで余計に震えが大きくなる。
 その時だ。観客の奥の方で支配人がいた。指で自分の胸を指している。
 そうだ。自分の心とだけ向き合うんだ。
 手の震えが……止まった。

 磯村は優勝した。
 まっ先に支配人に礼を言いたいが、どこにも見当たらなかった。従業員に訊いてみる。
「すみません。支配人を知りませんか?」
「磯村選手、何を言ってるんですか? 支配人はつい先日亡くなりましたよ……」

「えっ……」
 事情を伝えると、彼がしんみりと言った。
「支配人は磯村選手のファンだったから、幽霊になって応援したんですね……」

 磯村の手が、また震えだした。
「どうされたんですか?」
「幽霊と話してたかと思うと、

怖くて震えてきました……」


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浜口倫太郎 作家
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