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鱗−たった1分で読める1分小説−

「ごめんね。待たせちゃって」
 カフェで柚月が、晴彦の席の対面に座った。
 晴彦は柚月に惚れていて、今日勇気をふりしぼって呼び出したのだ。

 机の一片が、キラキラと光った。
「ごめん。落ちちゃった」
 照れたように、柚月が拾い上げた。それは一枚の鱗だった。

 鱗持ちの人間がいて、柚月はその体質の持ち主だった。美男美女に多いと言われている。
「ご先祖様が人魚だったのかな」
 人魚姫と言いたかったが、それは恥ずかしくて口にできない。

 晴彦が、綺麗にラッピングされた箱を渡した。
「えっ、何これ?」
「……誕生日プレゼントの美容グッズ」
「私、美容グッズ大好き」

 柚月が箱を開けると、顔が硬直した。やがてワナワナと肩を震わせて怒声を上げた。
「ふざけないで!」

 黒焦げになった店の中で、消防士がうなずいた。
「なるほど。ドラゴンの血を引いた鱗持ちの方だったんですね」
 怒った柚月が炎を吐き、ボヤ騒ぎになった。

「ええ、龍の逆鱗に触れてしまいました」
 頭がチリチリの晴彦に、消防士が尋ねた。
「で、怒りの原因はなんだったんですか?」

「誕生日プレゼントで美容グッズをあげたら、急に怒りだして」
「これですか」
 床に落ちていたプレゼントを拾い、消防士がしみじみと漏らした。
「……これは彼女、怒りますよ」
「どうしてですか?」

「魚の鱗取りは美容グッズじゃないです」


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浜口倫太郎 作家
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