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朝のパン−たった1分で読める1分小説−

 ベーカリーショップの朝は早い。小太郎がパンをこねていると、ウィンドゥ越しに少年が見えた。新聞配達の少年だ。

 少年が店の前で深く息を吸い、味わうようにゆっくりと吐いた。そして元気よく走り去っていく。それが少年の習慣だった。

 なぜ毎回店の前で深呼吸をするんだろう? 小太郎が少年に尋ねると、少年はにこりと返した。
「うち、今お父さんが入院していてお金がなくて、朝ご飯が食べられないんです。だからパンの匂いで空腹をごまかして、我慢してるんです」

 小太郎は胸がしめつけられた。
 店頭に並べられない、形の整っていないパンならばある。それを彼にあげようか。

「お父さんの怪我が治ったら、お腹いっぱい朝ご飯を食べます」
 そうか、それが彼の今の夢なんだ。小太郎は、自分の浅はかさを反省した。

 しばらくすると、少年が深呼吸をしなくなった。
「お父さんの怪我が治ったんです。お金の心配がなくなったので、お腹いっぱい朝ご飯が食べられます」

「そうか、よかったね」
 小太郎が店のドアを開けた。小麦の香りが漂ってくる。
「さあ、好きなパンを選んで」
「いえ、結構です」
「遠慮しないで。サービスするよ」

「だからいりません。僕、パン嫌いなんで。言ったでしょ。パンの匂いで空腹を我慢してるって。帰って大好きなお米を食べます」
「えっ……」
「それでは失礼します」
 

颯爽と立ち去る少年を、小太郎はなんとも言えない表情で見つめていた。


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浜口倫太郎 作家
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