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音楽に住む(6/23 Creepy Nuts ONE MAN TOUR 2024 at横浜アリーナ)

これ以上Creepy Nutsに触れて関わったり、あるいはライブの感想として感情を思考を綴ることは、君にとっての大事な領域に土足で踏み込むことになるかもしれない。かもしれないじゃないね、きっとなる。それでも、それでも、こんなライブを観て、観るだけじゃなく言葉通りに参加してしまったら、僕はもう戻れない。見つけてしまったかもしれない、帰るべきライブを。Creepy Nutsを教えてくれてありがとう。

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好きな人が好きな音楽だから、というひどく俗物的な理由から聴き始めたCreepy Nutsの音楽は、そんな人間さえ包み込んでしまうほど器が広く、かつ素晴らしいものだった。ラップあるいはHIPHOPというジャンルの認識を、偏見さえ含まらせていた誤謬を正し、塗り替え、再構築してくれた。
新しいジャンルを広げてくれた、というただ一点だけでもCreepy Nutsには感謝しているし、なんせ曲がいい。音も歌詞も歌声も良い。

たしか、とある数曲を聴いてから、「Case」「INDIES COMPLETE」「アンサンブル・プレイ」「かつて天才だった俺たちへ」「クリープ・ショー」「よふかしのうた-EP」みたいな順番でゆっくりアルバム一つ一つを聴き通していった気がする。その当時に好きな曲として連ねた曲と今のそれとはだいぶ変わってるかも。とにかく、とにかく、初めて聴いた時からずっと聴き続けていた。爆発的な自分的流行とは性質が異なった分、長く、そして次第に深く入り込んでいったし、Creepy Nutsの音楽が入り込んできたのだと感じる。

ライブ、を意識し始めたのはいつだろうか。去年の秋ごろ、多様なバンドとの対バンツアー?に行くと誰かが言ったのを聞いてからだ。名古屋なら仕事終わりにでも行けるかもと考え、「いつか行きたいなぁ」になった。
だからと言って、ライブ情報を熱心に追うことはなかった。
そんなこんなしているうちに、なにもしてないうちに西暦が変わった2月中旬、コンビニの表に貼られたライブ告知のポスター(あれ、なんとなく目に入って見ちゃう)でCreepy Nutsがツアーを回っていることを知った。
すぐに仕事の予定と、追っているアイドルグループ(vividbird)のライブ予定を照らし合わせた。行けそう、と確信してからチケットを申し込むまでにはそう時間はかからなかった。
申し込んでから結果が出るまでの期間はいつも以上にCreepy Nutsの音楽を聴いていた。チケットが当たればライブに行ける、行きたいの気持ちが次第に膨れ上がっていったし、Creepy Nutsに対する好きの熱量が上昇していく実感もあった。
ツアー情報を知るのが遅かったゆえ一般抽選だったこともあり、残念ながらチケットは用意されなかったけど、「行きたいなぁ」が「絶対行く」に変わった契機は間違いなく2024ツアーの名古屋公演が外れてからだ。

そんな決意と熱量がさめやらぬうちに、すぐ横浜アリーナの追加公演が決まった。ファンクラブに入会した。抽選だから関係ないのに開始直後に申し込んだ。ご用意された時は本当に嬉しかった。

アイドル以外のライブに乗り込むことが初めてだったので、当日はソワソワソワソワしてソワレになりそうだった。まさにファーストデートみたいに緊張してるマスカレード状態だった。でも、会場近くに行くとツアーTシャツを着たファンがいてワクワクしたし、最寄りのサイゼとかはもはやCreepy Nutsオフ会状態になっててとても安心した。ミラノ風ドリア(と青豆のサラダとチキンサラダ)を食べながら開場を待った。

以降は、ライブ直後に頭がおかしくなりながら書き殴った感情思考言葉の羅列。適宜加筆修正をした上で書き残す。

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破壊と再構築
弱さを受け入れる優しさ、包み込む言葉と音、場、ライブ
同じ仲間
感情の発露、促し、赦し
ゆるめるモ!
どうしたらいいかわからん

圧倒された。聴いたしノったし踊ったし叫んだし歌ったしすべてで楽しんだ。楽しませてくれたライブだった。

アーティストのライブを、いやそれ以外でもか、何かと連想して、同列かのようにして、比較して扱うことは失礼なのは承知のうえだけど、それでも、ライブの後に、しばらく考えた後に出てきた単語は、「ゆるめるモ!」だった。

最初から始めよう。

僕がゆるめるモ!に触れたのは大学3回生の秋だった。きっかけは、当時の多くのオタクたちの例に漏れずあのさんだった。YouTubeに挙げられていたあのさんの切り抜き動画を観て、そこからゆるめるモ!に進んだ。ゆるめるモ!の音楽に進んだ。
当時の僕は、はっきり言って進路に悩んでいた。言葉通り悩んでいた。その頃ちょうど教育実習が終わり、教師としての進路に魅力を感じていながら、決定的に人に何かを伝える欲求が欠けていることに自覚的だったことと、切っても切ろうとしても切り離せなかった家業という選択肢に迷っていた。これについては飛ばそう、ともかく、選択肢と葛藤からぐちゃぐちゃになっていた、ぐちゃぐちゃになっていた僕を救ってくれたのはゆるめるモ!のライブと音楽だった。音楽が鳴って、ぐちゃぐちゃなものを受け入れてくれて、弱さを包み込んでくれて、引き出すことで破壊してくれて、弱さの上に再構築してくれて、頑張る中での逃げ場を与えてくれる、僕にとってのゆるめるモ!はそんなグループでそんなライブをしてくれた。

時間を戻す。

Creepy Nutsのライブは、まさに、それだった。僕を救ってくれたそれだった。音楽だった。

弱さを、弱さを自覚した上でもがき勝ち取ることを知る強さあるいは強がりを受け入れてくれて、感情を引き出して破壊して再生させる音楽。逃げ場として示しながら、闘う勇気を与えてくれる優しいライブ。帰る場所としての、帰ってもいい場所としての音楽。出会った。

言葉がささる。歌詞の一字一句が音として言葉として脳に、身体に直接ささり、染み込む。音源は一面でしかない。R指定の感情と解釈が乗せられた歌。過去に出した過去の自分たちをまるで今の自分が振り返るように歌う「case」の曲群は、音源のそれよりも響いたし、成長し前に進むことの臆病さを払拭してくれる。
「でもアレがあって今があるってことに感謝」、Creepy Nutsの曲に通底している精神なのかもしれない、あるいはリアルなのかもしれない。だとしたら、だとしたらと考えると、曲だけでなくR指定とDJ松永の人となりさえ気になってくる。音楽もMCもDJも歌詞も全部、連なっているのがCreepy Nutsなのかもしれない。もっと知りたい。

DJ松永やばいえぐい。発光していた。
見惚れてしまう。知識がないので何をやってるかなんて皆目わからない、でも、すごい。人の技術を見て素直にすごいと思えること、なかなか出来ない、やばい、としか言えない。場を支配する。言葉通りに。
歌ってた、何の曲だっけ、後で探すけど、DJ松永が歌ってた、僕は音源でしかCreepy Nutsを知らない。だからDJ松永の存在や凄さを知る機会ってなかった。トラックメーカーとしての凄さは別として。でも、ライブでDJ松永のゆびさきをみて、魅せられて、あっという間に認識を改めさせられた矢先に、歌うDJ松永をみた。2人揃ってCreepy Nutsなんだ。

ビリケン。
HIPHOPのライブにきた、Creepy Nutsにきたと肌身で感じた。圧倒された。ファーストテイクで聴いて印象を改めた曲だったけど、ライブで聴くとさらに違う面が見えて最高だった。DJ松永が支配していた、支配しながらも調和していた。ライブに来なかったら決して知り得なかったCreepy Nuts魅力だ。全部連なっているんだ。

ヘルレイザー。
「ヘルレイザー始まりはえぐい」みたいな意味のツイートを見て、歌詞を意識しながら聴いて以降、ずっとライブでヘルレイザーを聴きたかった。叫んだよ、「ヘルレイザー!」
ライブにやってきた、そんな実感が湧いた。
次にライブに行った時、自分が「お久しぶりなみなさん」になれるかと思うと既に興奮が止まらない。抑圧されてきた自己を解放して良い場なんだ、それを曲で伝えてくれる。好きです。

「ライブでも他の人に合わす必要なんかない」この言葉にどれだけ勇気をもらえただろうか。それを演者から口に出して、しかもダンスで示してくれる、それなら本気で好きに自由に楽しまないと失礼だな、と楽しむことができた。

風来。
聴けた。いつか誰かがこの曲にゆるめるモ!を重ねていたのを思い出した。もしかしたらそれに引っ張られてるのかもしれない(引っ張り出してnoteを読んだ)。ただ、当時はニュアンスは分かりつつも肌身として理解できてはいなかったので、ライブで聴けて良かった。

かつて天才だった俺たちへ
感情。感謝した。ライブ中にそこにはいない誰かのことを考えた。この曲がなければ、きっと、僕はその人を知らないまま生きてきたのだろう。同時にその人がCreepy Nutsに惹かれて、Creepy Nutsに惹かれた側の人間(うまくいえない)だったからこそ、その人は、素敵なんだろうな。あるいはその逆かもしれないけれど。
それに、その人がいなければCreepy Nutsを聴くことはなかった。これだけは断言できる。なかった。だから、感謝だ。
音に乗ることを忘れて、ただただ聴いていた。立ち竦むことしかできなかった。大事で大切な曲だ。


のびしろ。よふかしのうた。
歌った。ライブで客が歌う、ことが要請ちがう容赦、ちがう当たり前のように求められて受け入れられる。
「今日の主役は横浜アリーナに来た観客、俺らは助演」始まりにR指定が並べた言葉はただの演出なんかじゃなくて、それは、Creepy Nutsのライブの本質なんだと感じた。

グレートジャーニーで歌詞を噛んだことで、R指定も人間なんだと思った。
別にラップマシーンだとか精密機械だとか思ってたわけじゃないけど、完璧にしかも歌い上げるだけじゃない「伝える」がある歌い方、最高に時に即興を入れながら

同時に、噛んだことさえワザとなんじゃないかとさえ考えてしまう。中頃のMCで「ツアーファイナルを土産話でストンと締めたから気が抜けてるかも」とDJ松永が自白して話が弾む一幕があった。それを受けての、効果的で機能的な演出、即興なのかもと。
大変失礼なことを言っている自覚はあるのだけど、そういうことが言いたいのではなくて、それほどにガチであると同時にエンターテイメントなライブだったということ。うーん、ちがうな、絶対誤解を招くな、この言い方だと。ちがうもんな、リアルだもんな。リアルを、リアルとして享受できる場、それがHIPHOPなのかもしれない。

変化。今、過去。バイブスがあった時に。どんな時でも訪れて良いライブ、帰ってもいい音楽。R指定の言葉からもCreepy Nutsの音楽が示された。もうだめだ、ここだ、ここなんだ。

即興、フリースタイル、ラジオ、全部通ってきてない自分。メディア出演も知らない。完全に曲しか知らない。それでも、一本のライブだけでこんなにも魅せられて、人となりにさえ興味を抱かされて、次のライブだってすぐに行きたいし、ライブだ、ライブなんだ。

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どう考えても頭がおかしい。
ドラッグもセックスもなくても狂えるもの、僕はそれをずっと知っていたけど、その本懐を久しぶりに肌身で感じている。楽しむや、感動するや、踊れる、はあったこの一年だったけれど、僕が惹かれた音楽と今でも求め続けている音楽がCreepy Nutsのライブにあった。

メモでは言及していなかったとしても披露された曲ひとつひとつが心に残っているし、あるいは鮮明な記憶としては存在していない。あの日高円寺である種出し切ってしまった、浄化された音楽そのものに対する情緒が回帰してきている。まだ、求めたい。

「好きな人が好きな音楽」からの脱却です。

僕は僕個人として、Creepy Nutsが好きだ。

誰かを主役する音楽が、退屈を取り払う音楽が、再び鳴り出したのなら、僕はそこで踊って歌っていたい。
僕はCreepy Nutsに住むことにする。
出張ばかりで家にはなかなか戻れないけれど、また、そのうち帰ります。

出会えてよかった。





誰かにならって、一番カッコつけた自分で参加した。

不必要な一般おじさんの鏡撮りを載せちゃう。Creepy Nutsをリスペクトするのはもちろん、彼らを教えてくれた誰かにも感謝したい。

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