不合格体験記
それは19歳の誕生日の次の日だった。
「一次試験不合格」
やっぱりな、という気持ちと嘘でしょ、という気持ちが交錯してよくわからなかった。
A大の帰国生入試は一次試験が1月に行われ、それを突破すれば二次試験が2月にある。
一次試験はTOEFL iBTや海外での成績が考慮される書類選考。
私の成績は絶対大丈夫とも絶対ムリとも言えないような微妙な点数だった。
だから不合格も予想外ではなかった。
悲しいのか自分でもよくわからなかった。
もちろん受かりたいと思って出願したA大ではある。
でも、京都に住めるし、楽しい人がいっぱいいそうだからB大に行きたいと思っていた。
取れる教職科目が多いからA大を第一志望にしただけ。
A大の二次試験の英語は大の苦手だったし、もうやらなくていいかと思うとほっとした。
「あーよかった!これで英語やらなくて済む!京都に住めるかもしれない!」
お母さんにそう言って、
「私を落とすなんてA大バカだな〜」
なんて生意気を言って、B大受験にシフトした。
でも、モヤモヤした感じはずっと消えなかった。
B大に入学してから1年後。
Facebookを見ていたら、留学プログラムの一個下の後輩がA大に受かったという投稿をしているのを見かけた。
真っ先に湧いてきたのは「嫉妬の感情」だった。
どうしても私はその感情が解せなかった。
私の今の毎日は本当に充実している。京都でしかできないこともたくさんやったし、B大で出逢った人はみんなびっくりするくらいいい人ばかりだ。東京の人混みや高すぎるビル街から離れ、憧れの京都に住んでいるのだと思い出すたび、嬉しい気持ちになった。
なのに、なぜ私がA大に行く後輩に嫉妬しなければならないのだろう。
そして気づいた。私は自分より頭のいい人がいるという事実を認めたくなかったのだ。
私は頭が良かった。
日本の学校では常に上位にいた。
留学先でも苦労しながら、最後にはいい成績を収めて帰ってきた。
にもかかわらず私はA大に落ちた。
同じように留学した後輩は受かったというのに。
「自分は頭がいい」という過信が、ぽっきり折られて私は悔しかったのだ。
それに気づいたとき、どうでもいいな、と思った。
私はA大に行けなくて悲しかったのではない。
ただ自分のみみっちいプライドが傷つけられて悔しかっただけなのだ。
そんなもの傷つけられてしまえばいい。どうなったっていい。
私は今京都にいる。
京都の空気が、町が、建物が、人が好きだ。
「京都に来てよかった」
そこに答えがあった。